92:トモダチ



真っ直ぐ、寄り道せずにあの広場へと向かった。私は呪を警戒することに精を出していたためロクな会話はできなかったし、おそらく神木さんも雑談に興じるような余裕もなかっただろう。手騎士の手腕を振るうには同等の労力が必要だ。お互いの仕事をこなしつつ、少し厳かな足取りだった。

魔法円の中に入ると、霧隠先生が缶ビール片手に「おかえり」と出迎えてくれた。「神木と杉だにゃあ、お前らがふたりで来るとはちょっと意外だったぞ」というお言葉で神木さんの手にあった召喚紙は全く無用となった。私を貶めるために確信を得られたいま先生へと提出する、という非道なことを神木さんがするはずもなく、即座に破り捨てられていた。そして不服そうに睨まれた。私はほっと胸を撫で下ろさなきゃ気が済まなかった。

「……ふうん、そのダガーで呪を唱えながら来たってわけか」

ダガーを引き抜き、代わりに札を貼る霧隠先生が、私の所業を分析する。ようやく呪の警戒を止めてそちらを見た。


「ほんと、いいナイフを使ってるぜ」


ダガーを見据えるその横顔に、私は見覚えがあった。


「ほらよ、おまえ、そんな重いもん何本下げてンだ」
「意外と重くないですよ、これ」

ホルダーを見せれば、先生の眉は分かりやすく中央に寄る。深い溜息の後、私たちは化燈籠を運ぶよう指示され、所定の位置まで移動させた。そこにはもう一体の化燈籠がいた。

なんと、もうすでに到着している塾生がいたのか。ちら、と篝火にぬいぐるみを照らしている宝くんを見やる。……彼はまた一体全体どうやって化燈籠を運んだのだろう。


「結局、あんたの言うとおりだったわね」


宝くんの隣に座ったとき、そんな呟きが聞こえた。私の隣にハンカチを敷いて座る彼女の目は、燃える炎に向けられている。


「おかげさまで……?」
「何で疑問形なのよ。もっと喜びなさい、あたしよりずっと頭が冴えるんだって自慢したらいいじゃない」
「そ、そんなことしないよ。神木さんの言い分もよく分かるから」
「自分が信用されていないってことが?」


うぐ、と口を噤む。憶測で貴重な実戦任務資格を他人に委任することなどできない、という言い分のことを言おうと思っていたのだけれど、話がよろしくない方向に向かった。私は信用されていないのかあ……、でも、私だけじゃない、


「神木さんは、塾のみんな、信用していないんでしょう」


それは、図星というよりは意表を突かれたという表情だった。私が見つめていると、すぐにいつものように眉を吊り上げた。


「そう、そうね……あたしはだれも信用していないわ。だれも信頼しない、他人にすがるなんてまっぴらよ」
「はは、強いなあ、やっぱり神木さんはすごいよ」


すがらずに生きていけたら、頼らずに生きていけたら、どんなによかっただろうな。私は神木さんのように強くない、独りじゃ、立つことさえできないんだ。



「あんたもそうじゃないの?」
「えっ……?」
「あんたも、そうでしょ。仲間なんて簡単に言ってみせるあいつらとはちがう、信用も信頼も……そもそも信じようなんて微塵も考えていないんじゃないの?」
「ひ、ひどいこと、言うんだね、神木さん……」



ひどいことじゃない、彼女は事実を言っている。それは、私が認めたくない事実、認めようとしない事実。




「どうして友達ごっこなんてしているのか、あたしにはわからないわ」




冷たく言い放つ彼女に、私は何と返したらいいかわからなかった。そんなことないよ、という一言さえ、私に言う資格はない。


みんな、友達じゃなくて、仲間じゃなくて、ただのクラスメイトで……だけど「ごっこ」を続ける理由は、理解したくなかった。






mae ato
modoru