91:ニセモノ



「言っておくけれど、あたしはあんたを信用したから要求を呑んだわけじゃないんだからね。さっきの状況で化燈籠に一番近いのはあんただったから、あたしが拒否したらそのまま火を点けて逃走しかねないと思ったのよ。そうなればあたしはあんたに追いつけないでしょうね。あんたがあたしから逃げていたときも、ちっとも追いつけなかったもの。ちょっとダガーナイフが使えて人並みに詠唱ができる程度だと思っていたのに、思いのほか身体能力が高いのね。見直したわ、でもあんたのことは嫌いよ」


という私への評価と嫌悪を細やかに説明している間に、化燈籠は小型に分裂した白狐たちによって持ち上げられていた。
白狐二体をここまで操れるとは、神木さんの実力は本物だ。私のように偽物ではない。


「それで?」と何かを促された。なんだろう、首を傾げる。その仕草に彼女の目は狐よりもキリリと吊り上った。

「あんたは何をしてくれるのよ。まさかあたしだけに運ばせるつもりじゃないでしょうね!」
「いやいやそんなまさか!ええっと、どうしようかな……」

化燈籠の性質は改めて説明するまでもない。神木さんの白狐は点火しない状態であれば上手に仕事をしてくれるだろう、すなわち化燈籠が動かなければという話だ。

だったら、私は化燈籠の動きを封じればいい。点火したままの運搬が求められているため化燈籠が動くことは必須だ。


それならば……、ふと、化燈籠の周囲を取り囲んでいる札が目に入った。


「……不動金縛りの法を使おう」
「はッ、あんたにできるわけ?」

馬鹿にされていた。私はそれ以上の反論を諦め、ダガーの梵字を確認した。……カーンの梵字、まるでこのときを待っていたかのようだ。


さて、


「臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前」

手始めに九字を切っていると「ちょっと!何の合図もなしに始めないでくれる!」と苦言を呈された。いそいそと用意を始めた神木さんを見ながら、私も集中して印を結び、呪を詠唱する。
化燈籠程度であれば多少の手違いは許されただろう、しかしこれを実際に悪魔に用いることは始めてだ。大体ダガーで切り抜けてきたが、私は詠唱騎士も志しているのであった。ならば、学習したことはしかと発揮しなければならない。

多数の印を結ぶうえに唱える呪の数も多いため、私のような素人が正しい手順を踏んだところで中級悪魔を抑えるのがやっとであろう。勝呂くんや三輪くんであればもっと上手くやったにちがいない。だから、少しダガーの力を借りようと思う。

呪の終盤で神木さんが化燈籠を少し動かしてから火を点す。ほとんど呪に縛られている化燈籠はわずかに震えるばかりだった。そして、下縛印を結び、中呪を唱えた。

「ノウマクサマンダバザラダンセンダマカロシャダソワタヤウンタラタカンマン、ッ」

終いにダガーナイフを化燈籠に突き立てる。呪によってほとんど硬直状態にあったが、ダガーの効力を加えることで化燈籠は全くの身動きがとれなくなった。炎は点ったまま、化燈籠は元のように沈黙している。どうやらしっかりかかってくれたようだ。

当てずっぽうと直感と、そんな頼りないもの任せにダガーナイフを使用してみた。見たところ札と同等の働きを為してくれている。術の固定化ができるのは少し意外だった。ダガーナイフって武器だよなあ、うーん。

「初めてにしてはなかなか、かな」
「初めて使ったわけ?信じられないわね、あんた」

詠唱が遅い、とご助言をいただくと同時に白狐が動き出した。私は術が解かれたときのために化燈籠の上部で待機し、炎が消えないよう燃料の補給に回った。

そうして、私たちは広間へと歩き始めたのである。



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