苛立ちを潰して呑み込む。潰したときに厭な音がした。指が赤くなった。鉄の味がした。宛てのない苛立ちを潰して呑み込む。いつか肺に溜まって溺れる。爪を噛む。潰して呑み込む。呑み込む。呑み込む。呑み込む。赤い赤い鉄の味。潰して呑み込む。"いつか"を待ってる。潰して呑み込む。溺れろ、溺れろ、
- 気の長い自殺


私はいつだって私のことが嫌いでした。死ぬときはグチャグチャになって死んでやろうと決めたのは14のときでした。20にもなって死んだネズミが蟻にたかられてグチャグチャになっているのを見て怖くなりました。私は私が嫌いですがこんなにするほど憎くもなかったんだなと思って何故かホッとしました。
- 事故愛


たとえばそれは緑青。私達の嘘。いつかこの身を滅ぼすもの。たとえばそれは樹液。あなたの愛。私を狂わせるもの。たとえば、フローリングの上の裸足。孤独のこと。爪先から錆びて腐る。緑青の上を滑る塩辛い涙。あなたの手がスプーンで掬う。望むものはただ1つ。たとえば、私を狂わせるあなたの嘘。
- 緑青


処刑台の上より「それでも愛しているわ我が愛し祖国」
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世界が死んだら愛してみせてね
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47番の消失および48番の発見についての報告書
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なんだって私はこんなことをしているのだろうかと深夜の台所で考えた。手に持ったのは包丁ではなくペンで、まな板ではなく紙がある。こんな時間にこんな場所で何を書くというのだろうか。私が書くものといえばいつもいつも陰鬱で凄惨で、こんな時間にこんな場所で書いたって貴女を幸せにできないのに。
- 無力


交差点は雨に沈み、横断歩道を渡る傘が足跡のように波紋を残して、信号機の赤と街灯のオレンジがアスファルトを照らして、水面がそれを反射して光る。ざあざあとノイズのように振り続ける。赤い交差点を傘は行く。嗚呼、あの傘が向こう岸に渡り切るよりも前に、無粋な鉄塊が流れてくるのが見えている。
- 排除


わたしたちが神と呼ぶものについての考察
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踏み潰される苗。嗚呼も言えぬ塊。潰されても尚身を起こすことが出来る個体だけが生を許される。これを"淘汰"と呼ぶのだと私はすでに知っている。靴底に張り付いた葉がリノリウムに緑の跡を残す。淘汰された嗚呼も言えぬ塊。窓の外、重い曇天が広がっている。靴底みたいだ。心電図の音が何か言った。
- ICU


海に爆弾が浮いている。いずれ破裂してぼく達を粉微塵にするだろう。かれは死して尚ぼくを苦しめるのだ。ゆめに現れては自由に泳ぐかれをぼくは何度恨んだことか! かれのようにぼくも鯨に成れたらよかったのかしら。海に浮くあの痛ましい死骸が破裂してぼく達を粉微塵にする瞬間をジッと待っている。
- 海上爆弾kjr


凍える風が早咲きの桜を千切る。早かったのよと彼女は言った。寂しい樹桜の木を見つめた瞳が細められる。この調子ではあの河川敷も寒いのだろう。「春が来たなんて嘘」「冬が去っただけ」抱えたブルーシートが風に煽られてガサガサと声を上げる。今朝の玉子焼きは上手くできたんだけどな、と思った。
- フラれたらしい


「骨を拾って」若い男の声だった。冷たい風が砂を巻き上げて、月明りの所為で氷の粒にも見えると思った。「僕の骨を拾って」ざくざくと音を立てて踏みしてるけれど、砂に足を取られて一向に前に進まない。「僕をひとりにしないで」「だって骨を拾えばお前は消えてしまうでしょう」目的地までは遠い。
- 砂漠にて


魚がひっくり返って濁りきった瞳が私を見て鱗が白く浮いていて水面に触れる腹が膨らんで何も見ていない濁りきった瞳が小さな魚が命が死が私を見てわたしを呼んで死の淵にわたしは立たされて死んでひっくり返った魚が「お前は明日死ぬ」と言った午前3時半の自室。私は魚の葬式のためにキッチンに立つ。
- 無音


「いつか遠い未来の誰かが私の残したものを見て、何を思うのかな。私の愛した残骸達を、彼等も愛してくれるかな」なんとかという遺跡のジオラマ模型を見つめて彼女は言う。小指の爪程の大きさの人形が大通りを往き交い、パンを売り、歌を歌う。僕の口は「美味しいパン屋を知ってるんだ」と音を零した。
- プロト・プロポーズ


「貴女が死んでも私が貴女を覚えているわ。大丈夫。私の中で貴女は生き続けるの」彼女は言った。顔は見えない。昔誰かが、彼女のそういうところが怖いと零していたのを思い出した。屋上の風は冷たい。私はここから抜け出したいのに、私の残滓が彼女の中に残る。なんて恐ろしい。彼女の顔は見えない。
- 残る


悲しいのは、きっとまだ生きているから。風がびゅうと吹いて、髪を舞いあげる。眼下。足元。街の灯りと車のライト。流れる、私と無関係な世界。それでも悲しいのは、きっとまだ諦められないから。夢を見ているから。誰かの手が伸ばされるのを、かつて無惨に裂かれた期待を、それでも捨てられないから。
-


別に金魚を食べたところで死にやしないわよ
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背中の翅は厭に不恰好だった。透明で硬い蝉の翅は、光を反射してキラキラと煌めいて「まるで妖精みたいだね」とあの人は言った。私はただ、あの白い空に溶けて死にたいと願っただけだったのに。季節外れも甚しい。似合いもしない翅は、好きでもないあの人に押し倒されて音を立てる。心が死ぬ音がした。
- 虫ピン


不健康で貧相なカラダの虚像のあたしが叫ぶ。あたしはハサミを。肉のない胸と脚、伸ばしたままの髪、脚を伝う赤、睨む目。あたしはハサミを。割れた鏡が肋の浮いた不健康に突き刺さる。あたし以外のあたしはいらない。ハサミを。
- 白−漏


血を垂れ流してまるで生きているみたいな顔をしている鏡の向こうの自分にムカついて、持っていた裁ちバサミを突き立てた。生きているみたいで生意気。虚像のくせに。あたしはハサミを突き立てる。白い陶器の洗面台に飛び散る赤。あたし以外にあたしはいらない。ヒビ割れに不健康で貧相なあたしが映る。
-


366回目にしてようやく死んだ彼の死体が凪いだ風に晒されて蠢いていた。ごうんごうん、と、何か大きなものが動くような、ともすればボイラー室の音にも似た、厭な音が聞こえていて、私は頭を垂れた。誰かの手紙が小さな山のように積もっていた。腹が開かれ臓腑が引きずり取られるような心地がした。
- 4ページ目


何の意味もないけれど何か意味があったと信じたかったために残された文章たちが可哀想だった。残された彼らは海底のボトルレターのように、読まれるのを待っている。一つ読んでそれきりあの丘に訪れるのは止めた。代わりに文章を書いた。何の意味もないのに、僕らの存在に意味があったと信じたかった。
- 3人目


あなたの長い長い腸を巻きとるあの機械が、わたしはとても恋しかった。この夢の事もあの丘の事も、この文章にまるで意味がない事も、わたしは識っていた。あの丘は全てを見ていた。何回も何億回も、轟々たる崩壊の音を聞いていた。わたしは識っていた。あなたの長い腸を巻き取る機械がただ恋しかった。
- 2回目


私はその丘を眺めていた。ひどく穏やかな風が吹いており、足元の花がほんの少し揺らいだ。山々は炎を噴き煙を吐き、ごうごうと、まるで子供の頃に聞いたような、工場に似た音を立てる。私はこの花に何の意味があるのかを知らない。確かなのは、あの丘を残して、崩れていく世界のこと。ただのそれだけ。
- 1つ目


君の肌はいっとう白いからきっと赤にも映えるのだろうね、白いバスタブに君の血を湛えて君を浮かべる夢を見たんだ
-


粉々になった夏の葬式を挙げよう。アスファルトの上で砕けた蝉にアリが群がっている。黒い列が長く長く。葬列。死んだ夏のための。炎天下。僕は指で、葬列を圧し潰す。アリ達は止まらない。見向きもしない。粉々になった夏は解体されていく。アスファルトは熱い。炎天下。葬列は僕の指の上を通る。
- 夏の終わりに


蝉が粉々になって道端に落ちていた。夏は死んだ。ぽたり、と汗が滴った。蟻が一匹、蝉のかけらに手をかけた。粉々の頭と目が合った。夏は死んだよ。私は言う。蟻が自慢の怪力でかけらを持ち上げる。ぽたり。太陽が照りつけている。夏は死んだよ。蟻が雫を避けて歩く。死んだよ。黒い列が近付いている。
- 葬列


どうか、あなたの行く先にこれ以上の苦しみがありませんように
-


使えなくなった左腕が痛むのがわかる。通信が途絶える。背後から断末魔が聞こえる。泣きそうな顔と目があう。それでも銃口をこちらに向けている。左腕、まだあるかな。銃声と閃光。遅れて衝撃。ねえ、いつかどこかでまた会えたら、わたしたちきっとお友達になれるわ。暗転。泣かせてしまっただろうか。
- よくある悲劇


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