ONE PIECE 13/13P


 それから、GM号を停めている港へと戻った一行。
 すっかり静かになった港には心地の良い風が吹いていて、みんなの肌に優しく触れる。
 
「行くのか、もう」
「ああ。おっさんたちはどうすんだ?」
 
 GM号のすぐ側まで見送りに来てくれた、トビオと岩蔵。
 名残惜しむように岩蔵が優しく訊ねると、ルフィはにこやかに大きく頷いた。
 
「ウーナンの墓を立てたら、またおでん屋家業だ!」
「うふふ、再開なさるのね」
 
 色んなことがあったが、それでも命を込めたおでん作りに再び火を灯す岩蔵にアリエラも嬉しそうに笑みを漏らした。
 あんなに美味しいおでんだ。これからもどうか続けていてほしい、とアリエラもみんなもひっそりと思っていたのだ。彼からのいい返事が返ってくると、ウソップは今度はしゃがみ込んでトビオにそっと訊ねる。
 
「どうだ、まだ海賊になりたいか? それとも、」
「おでん屋か?」
 
 ニヤリと口角を上げながら、ゾロが続ける。
 トビオはほんの少し、迷ったような素振りを見せたがすぐに照れ臭そうな笑みと共に
「また家出しながら考えるさ!」と続けた。
 
「じいちゃんみたいに、一生懸命に生きてたらいつかきっと分かる……。そうだろ?」
「にししっ、おう!」
「ふふ、そうね。トビオくんもきっと、おじいさまのような素敵な方になるに違いないわ」
 
 トビオもまた、新たに憧れの炎を燃やして次に進もうとしている。その姿が、海賊の目に美しく強く映って誰もが自然とほっこりした気持ちを抱いていると、大きな風呂敷を抱えたナミが覚束ない足取りでこちらに向かってきて、みんなの足元の近くでそれをどん、と降ろした。
 そう、ナミは下山した時に「エルドラゴの船に用が…」と可愛らしくウインクをはなって、彼らを先に港へと向かわせていたのだった。
 
「お前、それ…」
「わあ、すごいわ、ナミ!」
 
 呆れたような目を向けるウソップとゾロだが、アリエラは目を輝かせて風呂敷の中を覗き込んでいる。
 ナミの体の数倍、大きく膨らんでいるその中身は想像通り、エルドラゴの宝や財宝。さすが、黄金好きというだけあり金ピカに輝くものばかりだ。
 
「またすげェ量だな」
「へへ〜ん。エルドラゴのお宝、全部いただいてきちゃった!」
「相変わらずだな、お前は…」
 
 こんな時でも、抜け目ないナミにゾロはじっとりと細めた目を向けるが、彼女はお構いなし。
 その行為に驚きつつも、微笑んでいる岩蔵とトビオにあることを思い出して、ナミは風呂敷の中から金色のネックレスを取り出して、岩蔵に手渡した。
 
「これ、三人が食べた分のお代。…の、立て替え」
「立て替えかよ!」
「当たり前でしょ!」
「ええ……あ、でも…私たちが悪いんだもの…何にも言えないわ」
 
 むっとして噛み付くゾロとは正反対に、アリエラは彼の隣でしゅん、と小さくなっていた。
 やっぱり、何度思い返しても恥ずかしい…。立派なレディが、いくら状況が状況だとはいえ、あまりの空腹に目が眩み無賃飲食をしただなんて。
 
「三倍返しね」
「お前ってやつは……」
「利子はゾロくんが払ってね
「あァ!?」
 
 ここぞとばかりに、きゅるんとした青い目を向けるアリエラにゾロはまた唸った声を上げる。
 この島に着く前にもやられたこのきゅるん攻撃。クソ……、どうしてかちょっっっぴり、揺らいでしまう自分がいて、その情けなさにグッと歯を食いしばる。
 なぜか、この女のそういう攻撃≠ヘ効いてしまう部分があるのだ。修行が足りねェ証拠だ、と自身へ苛立ちをぶつけるゾロだが──。
 
「……いや。今は受け取れねェ」
「「ええ??」」
 
 そっと、しわがれ声をあたたかな空気に漏らした岩蔵に、一同は驚き目を見開かせて彼に向き直る。ルフィとゾロ、アリエラを鎖で縛りつけるくらいに無賃飲食に対して当たり前だが、怒っていたというのに…。
 
「ええ、いいの? おじさま」
「ああ。トビオとも話していたんだが、そいつはお前たちに貸しておく。無利子でな」
「う、」
 
 いたずらな目を向けられ、ナミはびくりと肩を震わせた。
 
「そうすりゃ、またいつか会えるかもしれねェだろ?」
「へへっ、そうだな!」
「しししッ!」
 
 にっこり、トビオが言うと岩蔵も海賊たちも穏やかな笑い声をふっと漏らした。
 日もゆるやかに落ちてきている。風も、波も、良好である。
 
「さァ、何グズグズしてやがる! 天気がいいうちに早く行け!! この食い逃げ野郎ども!!」
「「おうっ!!」」
 
 岩蔵から背中を叩かれる勢い声が上がって、海賊たちも慌てて出航準備に取り掛かる。
 船に乗り上げ、ルフィとウソップで帆を張り、ゾロがいかりをあげて、アリエラが垂らしていたはしごロープを引き上げる。
 瞬く間に出航準備は整って、海賊を乗せたGM号は緩やかに波に乗っていく…。
 
「さようなら!」
「ありがとう〜! おじさま、トビオくん!」
「ウソップ様を忘れるなァ〜!!」
「元気でな、二人とも!」
「じゃあな」
 
 どんどん、地平線へと向かっていく海賊船の船尾から、キラキラと輝いていたあつくて偉大な海賊たちの別れの声が潮風に乗り、ふわりと岩蔵とトビオの下まで届いた。
 
「また会おうな〜〜〜ッ!!」
 
 トビオは目に涙を浮かべて、靴が濡れることもお構いなしで浅瀬まで駆け寄って、美しい光に照らされている海賊船、麦わら帽子を被ったドクロマークに大きく腕を振る。何度も何度も、彼らが地平線の向こう側に消えるまで、ひたすらに──。
 悪名高い海賊と一戦を交えて、憧れの男の亡骸に出会い。そして、まだ海賊としては幼いながらも偉大な彼らに出会った。こんなに胸が熱くなったのは、生まれてはじめてのことだった。ウーナンのときと同じく、またトビオの心は麦わらの一味…ルフィに大きく動かされたのだった。
 
「あいつ……本当に海賊王になるんじゃないか…?」
「……かもな」
 
 おでん屋台の中で聞いた、彼の野望をはたと思い出してトビオは素直に感じたことをぽつりとこぼす。岩蔵も同じことを今、感じていたのだろう。孫の言葉を拾って、遠くで靡いている麦わらの旗を眺めながら大きく頷いた。
 
「ありがとう、みんな!! ありがとう、ルフィ!!」
 
 たくさんの想いを詰め込んだトビオのことばが、煌めきを含めた海いっぱいいに響き渡った──。
 
 
 Fin...

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