44
「まい、ちょっとしたら食堂行っちゃうからゆっくりしてってね」
「ま、まいちゃん…っありがと〜!」
「ふふ、がんばってね」
目をきらきらさせて嶋のこと見ていた直江は、今のやりとりでさらに嬉しそうになった。
嶋がいなくなったあとうるさくなりそうだなあ、と思いながらちらりと見ればおれと目が合って嶋はこてんと首を傾げる。
「なあに?」
「……いいや?」
「………」
あ、今ちょっとだけ目の下ぴくってなった。
嶋が言ったのと同じトーンでおれも首を傾げて返したら、嶋はそんなおれからぱっと視線を外しふたりにじゃあねとだけ声を掛けて部屋を出ていった。
「……ほ、ほしのぉ…」
「え、なに」
パタンとドアを閉めて振り返れば、直江が俯いた状態でわなわな震えていて。
「やっぱすっげー羨ましい!ちょーカワイイじゃん!まいちゃん!」
「う、うん……」
ばっと顔を上げて騒ぎ出した直江の隣には行かないほうがいいな、とテーブルを挟んだ向かい側、さっきとは違う位置におれは腰を下ろす。
「あんまでかい声出すと聞かれるぞ」
「うぅ…まいちゃんと同室とか羨ましすぎ……」
そう言って今度はばたりとテーブルに伏せた直江には、陽介の言ったことが聞こえているのかいないのか。聞いてなさそうだな、これ。
「あ。ねえ陽介。さっき直江が写メってたやつ、おれも写メっていい?」
「ああいいよ。そこ、直江の下だけど」
「………。」
直江は放っておいて古典の教科書を写メらせてもらおうと思ったのに。肝心の教科書が突っ伏している直江の下にあって、うげっとなる。
「直江、ちょっとどいて。これ取らせて」
「う〜…星野にはやらん!」
「は、」
直江の下からちょっと見えている教科書の端っこを摘んで軽く引っ張りながら言えば、ばっと勢いよく起きた直江がそれを抱えておれから遠ざける。
いや、てかそれお前のじゃないじゃん。
下ろしたばかりの腰を上げて直江の方へ行き教科書を渡してもらおうと手を伸ばすが、その手はべしっとはたかれ教科書は直江に抱えられたまま。
「ちょっと直江、貸してよ」
「まいちゃんの同室者には見せてやらん」
「いや古典関係ないだろ」
渡せって言うおれといやだって言う直江の、古典の教科書をめぐる取っ組み合いはどちらも一向に譲らず。
ていうか、ふつうに直江が譲るべきだと思うんだけど。
ぐぐぐっと教科書を抱える直江の腕を開こうと踏ん張っていれば、横からそれを見ていた陽介に声を掛けられる。
「……星野さあ」
「んん、な、なに…っ」
「先輩は?」
「っ、…ん、…ぇ?」
おれじゃなくて直江の方呼んで止めてよ、とか思っていたら頬杖ついてこちらを見る陽介が予想外のことを言ってきてぴたりと固まるおれ。
「前言ってた先輩に教えてもらえたりしないの」
「んっ?なに?先輩って」
陽介が突然言い出したことに、直江も動きを止めておれと陽介を交互に見る。
少し前、篠塚先輩から来たメッセージを確認していたところを陽介に見られたとき。相手は誰かと聞かれて、名前とかはもちろん教えてないけど先輩だと正直に答えたのを陽介は今思い出したらしい。
直江はそのときいなかったから。というかその後すぐ戻ってきた直江のお陰で話が逸れて、助かったとほっとした記憶がある。
「なんか星野、先輩に知り合いいるって」
「まじ?二年?三年?」
「さ、さんねん……」
おれに抵抗するのもやめて興味津々といった様子で質問してくる直江。その手元の古典の教科書を掴めば、直江の関心からすっかり外れたそれはすぐに手放された。
「その先輩何クラス?」
「わ、かんないけど、」
たぶん頭いいよな。篠塚先輩。
と内心ちょっとヒヤヒヤしながらも質問に答え、やっと手にすることができた古典の教科書を開く。
「まあ三年なら一年の範囲とか余裕なんじゃね」
「俺ら明日からまた普通に部活あるし。なかなか一緒に勉強とかできないじゃん」
「たしかに、そうだけど…。でも先輩忙しそうだし…」
「星野、俺らいないときクラスのやつに分かんないとこ質問できる?」
「う、」
「まだテストまで時間あるし、近々にやばくなって頼むより今ちょっとでも教えてもらえるならそれが良くね?」
たしかに…と思いながら、パシャパシャと現代語訳が書き込まれたページを写メっていく。
古典の授業中は直江が寝ていたようにおれもうとうとしていて、はっとしたときにはほぼ聞き逃してしまっていた。そんなときに、ここなんて言ってた?なんて気軽に聞ける人おれにはいなくて。隣の直江は寝ていたし。
「先輩だと過去問持ってたりする人もいるんだよ。星野もその先輩に聞いてみてよ〜サッカー部で回ってんのと違うの手に入るかも」
「俺らもクラスのやつとか、部活でもAのやつとかいるから教えてもらったら星野にも言うけどさ。直接教えてもらえた方がいいじゃん、やっぱ」
過去問だとか、直接教えてもらえるだとか。ふたりの言うことにはなるほどって心の中でめっちゃうんうん頷いている。それに何よりすべてふたりに頼りきりになってしまうのも申し訳ない。
篠塚先輩に勉強を教えてもらうという考えはまったくなかったけど、ふたりに言われてみて有りかもって思い始める。
煙草吸いに行くついでに、少しだけなら教えてくれるかな。
「一回頼んでみなよ」
と言った陽介にはすべて撮り終えぱたんと閉じた教科書を返しつつ、ん。と小さく頷いた。
[ 45/149 ][*prev] [next#]
[目次]
[しおりを挟む]
[back to top]