27
*
あの後またソファーに戻った篠塚先輩だったけど、若干気恥ずかしさを残したままのおれは窓際で煙草をちまちまと吸った。煙草が短くなって吸い終わる頃にはすっかり顔の火照りも外の空気に冷まされていた。
灰皿にぐりぐりと押し付けて火を消した吸殻は一本だけだったけどしっかり水に湿らせてにおいがしないようにビニール袋に入れてからごみ箱に捨てさせてもらったのだが、一本とかなら携帯灰皿使って持って帰った方が楽かも、と片付けながら思った。
「あの、ありがとうございました。」
「ああ、ひとりで戻れるか?」
「もどれますよ…。お邪魔しました」
ぺこりと頭を下げて部屋を出ようとしたら、星野、と呼び止められ先輩を振り返る。
「?なんですか?」
「匂いするかも」
と、先輩が手をのばしてきたと思えばおれのシャツの襟をくいっと軽く引っ張った。つけないのかって。確かに煙草のにおいが鼻をかすめ、ああ、とおれはポケットを探り取り出したそれを自分に向けて吹きかける。
「…どーですか」
すぐ部屋に戻るしいいかなとも思ったけど、用心するに越したことはない。
「うん」
おれの首元に顔を寄せた先輩は、いいだろう。みたいな顔して笑うと、気をつけて帰れよとおれの頭をくしゃくしゃっと撫でた。
先輩に見送られ、ひとり薄暗い階段をたたたっと足早に下る。
来るときは先輩と落ち合うために1階からのぼってきたけど、3階に人がいないようだったら次からはわざわざ外に回って来なくてもいいと言われた。ただ、行きは人がいない隙を見て行けるけど裏階段と各フロアを隔てる扉のせいで帰りは扉の向こうに人がいるのかどうかが確認しづらい。
裏の階段はおれが知らなかったように普段生徒が使うことはないから、そこに出入りするだけでも人に見られるわけにはいかなくて。
「んー…」
3階につき扉に耳をくっつけて向こうのフロアの様子を伺ってみたがイマイチわからなかった。念のため、と来たときと同様に1階の裏口から出て正面から寮に入り直す。
ちょっと面倒だけど、不用意なことしてばれるよりましだ。下りはそんなに疲れないし、のぼる階数が減ればいい。
「3階から行くとしたら……しーごーろく、ななはち…。5階分?」
と今日はもう階段なんてのぼりたくないし、いつものように3階の自室へ戻るためエレベーターに乗りながら指折り数えた。
3階について部屋のドアを開けると部屋を出たときにはなかった嶋の靴があって、どうやらおれが先輩の部屋にいる間に帰って来たようだ。なんとなく今帰ったことを気付かれたくなくて音を立てないようにドアを閉めたが、もし何か言われたとしても食堂に行ってたとか言えばいいんだ。
コソコソしなくても大丈夫だ。大丈夫。
…でもやっぱりめんどくさいから会いたくない。
と、そろそろと中へ入り自分の部屋のドアを開けるというところで背後でガチャっと音がした。
「うわ、」
出た。
「は?うわって何?失礼じゃない?」
「…びっくりしただけだし」
「あっそ。」
なんて言いながら共有スペースに置かれたソファーにどかっと座ってテレビをつけた嶋。
とっとと部屋入ろって思ってドアノブに手を掛けたところで、星野さ。と話しかけられてしまってそれはかなわず。
「食堂行ったの?」
ほんと、いちいち聞かれたくないところをピンポイントで突いてくる…。
「あー…、うん」
「めずらしいじゃん。最近ろくなもん食べてなかったのに」
夜、食堂にも行かず買ってきたものしか食べなかったり、そもそも夕飯自体食べなかったりするおれのことは嶋も把握済みだ。食堂に行かないと、それだけ?とか食べないつもり?とか言ってくるようになった。
おれにしては夜わりと食堂を利用しているのは、混雑を避けられるからという他に嶋が口うるさいからというのも理由のひとつにあったり。
「…たまには?」
実際は何も食べてないんだけど。
「ふーん。」
……なんだよ、興味ないんだったら聞かなくていいし下手なこと言う前に部屋に入らせてほしい。
「…マイチャンは?」
「はあ?バカにしてんの?」
食堂行ったのかと聞きたかったんだけどキレられた。自己紹介のときはまいって呼べってみんなに言ってたくせにおれがこうして呼ぶと嶋は怒る。
「えー、いろは教えたのに」
「いーっ!まいの真似しないでよ!毎回毎回!」
そんでもっておれが自分のことを名前で呼ぶとさらにキレるから、いつも嶋の小言に捕まってしまったときはこうして話を逸らす術をおれは少し前に習得した。
「真似とかじゃないし。いろはいろだし」
「おまえはほしの!」
「ならおまえはいちたろ、っぶへ!」
「うるさいとっとと部屋入ればーかばーか!」
極めつけは一太郎くんと呼ぶことなんだけど、今日は最後まで呼ぶ前にクッションを顔面に投げつけられてしまった。
おまえが引きとめたんだっつーの。
足元に落ちたクッションを山なりに投げ返しおれは部屋に入った。
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