16


3階なんてエレベーターですぐ。チン、と到着を知らせる音が鳴って、忘れていた同室者のことを今になって思い出して焦りだすおれを置いて先輩が先に降りた。


「ほら星野。どっち」


「…っあ、そっちの奥です」


閉まりそうになったエレベーターのドアに慌てて降り、先輩を部屋の前まで案内する。

おれと嶋の名前が書かれた部屋のドアにカードキーを通してそろりと中を覗いてみる。玄関に嶋の靴はない。

よかった…。まだどっか行ってる。


「……何してんだ」


「ぉわっ!」


早く入れ、と背中を押されてよろけながら中に入った。
お邪魔します、と言ってあとから入ってきた先輩を共有スペースを通って自室へと案内する。

おれの部屋に入ると先輩は、物が少ないな、とだけ感想を述べて持っていた紙袋を広げると机の上に置いた。


「じゃあ、煙草とかここに全部入れて」


「はい……」


言われた通り、おれはしゃがんで机の下にどさっとそのまま置いていた煙草のストックを取って紙袋に入れる。机の上に置いていたあんまり使うことのなかった灰皿も、入れとけ。と言われたから紙袋に入れちゃって、おれがそうするのを立って見ていた先輩に向き直った。

するとこちらにのばされた手は紙袋を取るのかと思いきやおれの方に向かってきて、胸元を軽くトントンと叩かれた。


「ここのは?」


「あ、」


忘れてた。

先輩も忘れてくれてたら、あとで思い出してラッキー!ってなってたかもしれないのに…。


先輩の目ざとさに何だか少し損をしたような気分で、ブレザーの内ポケットに入れていた煙草とライターも紙袋に入れる。

胸ポケットの携帯灰皿を取り出そうとしたらそれは持っといていい、と言われて元に戻した。置いていた灰皿とかライターとかより値段もしたし、没収しないでくれてよかった。持ってるだけなら問題ないって。


「これで全部です」


「はい。じゃあこれは預かっておくから」


しばらく禁煙か…。たぶんそのうち兄ちゃんが送ってくる。言えばすぐ送ってもらえると思うけど、ここまで先輩にさせておいてそれはさすがにする気にはならない。


てっきり禁煙がんばれよとか、もう吸えないからなとか言われると思っていたら、


「吸いたくなったら俺のところに来て」


「は、……」


なんか思ってたのとちがうことを言われた。

とりあえず手元にない間しばらくは本気で我慢だと思って何言われても素直にはい、と頷こうとしていたのに、おれの首は縦ではなく横に傾く。


「……え?それって、どういう」


「少しずつ減らしていけばいいって俺もお前に言っただろ?ただ、星野ひとりじゃ真面目に禁煙出来るか不安だし」


「…はい」


「俺のとこに来ないと吸えないってなったら、そんなばかばか吸う事も出来なくなるだろ。だから」


一緒に禁煙頑張ろうな、って先輩は笑って言った。


「……それもう吸えないのと変わらないじゃないですか」


「なんで。連絡してくれれば吸わせるって」


ほら、とスマホを出す先輩に、拒否権なんてないおれは自分のスマホを取り出して連絡先を交換する。思いがけずされた提案と増えた連絡先にも、いやだから篠塚先輩に煙草が吸いたいって連絡ができないです。と言おうとしたがやめる。

どうせ無理だと思って言って、先輩も面白がってるんだ。ほんとに連絡して先輩からもらった煙草吸ってやる。

とか、いらない闘志を燃やしていたら篠塚先輩が笑うのをやめてこちらを見てきた。


え、なに、ばれた?


「あー星野、ちょっと座って」


と言われて、先輩の足もとに正座したら笑われた。
足痛くなるぞって。そことかでいいから、と指さされたベッド。

怒られるわけではなさそうでとりあえず安心したおれはぼふっとベッドに腰掛ける。


「まだ星野に言っておかないといけない事があった。
俺も隣いいか?」


「どーぞ」


先輩はそこの机の前の椅子使ってくれていいのに、と同じベッドの隣に座った先輩に思ったりもしたけど。あ、前もこんな感じだったな。と初めて会ったときのことを思い出した。

先輩がおれの右側に座ってる。
おれの方からだと、いつも先輩の髪の毛に隠されがちな左耳の小さなピアスがたまに見える位置。ホール裏の時と一緒。


「少し話は戻るんだけど、さっき星野がよくわからなかったって言ってた食堂での話」


「ああ、はい」


「生徒会の人気どうのこうのは教えてもらったんだろ?」


「まあ…。かっこいいから人気があるとか、見れるだけで嬉しいとか言うからそのときはよくわかんなかったんですけど」


なんか女子が好きなアイドルの話をしてるのかなって思うような説明なのに、その登場人物は全員ここの生徒だし全員男だしでよくわからなくなって。その時からさっきまで考えるのをやめていた。


「でも。篠塚先輩と今日会って、先輩だったら人気があるって言われても納得できるなって思ったんで」


「……」


さっき、よくわからなかったと言ったおれの疑問を解消しようとしてくれたのだろうか。
律儀な先輩に、だからその件はもう大丈夫です。と伝えたが返されたのはため息ひとつ。


「え、なんですか」


「教えてもらったのはそれだけか?」


それだけ、というのは生徒会の人たちについてだろうか。ほかに直江と陽介に教えてもらったこと?と考えてみても特にこれといって思い出すことはない。あとは何か言われてても興味なくて聞き流してた可能性はあるけど、先輩の質問には頷いておく。


「じゃあ星野は、かっこいい人を見たらどう思う」


「え?…ふつうにイケメンだなとか」


「他には?」


「……うらやましいなーとか」


「他」


「………鼻毛出ろとか」


「ふっ、」


なんなんだ。イケメン見てどう思うかなんて、平凡なおれに聞いたってそんなもんしか出てこない。隣で笑った先輩が何を言いたいのか、おれは何を言えば正解なのかわからなくて眉間にしわを寄せる。


「笑わすなよ。真面目に、こっからが本題というか星野に言っておきたい事でさ」


いや、おれ別にふざけてないんですけど。

とか思って眉間のしわを深くするおれには気付いているのかいないのか、先輩は少し考えるように間をあけてからその本題とやらを話し出した。


「ここに通う生徒の中には、顔のいいやつを見て星野とは違う事を思う人もいる。」


「はあ、」


「例えば…話したいとか近付きたいとか、好きとか付き合いたいとか」


「……ん?」


おれとは違うことと聞いて、まあそれはそうだろうと思った。イケメンに対して鼻毛出ろとか思うような奴がおれ以外にいたらそれはそれでビックリする。とか、考えて気を抜いていたらまったく予想していなかったことを言われて話が頭に入ってこなかった。

ここに通う生徒っていうのはもちろん男しかいないし。先輩の言う顔のいいやつっていうのも、話の流れからして男だった。


…はなしたい……ちかづきたい
……すき?つきあいたい?


[ 17/149 ]

[*prev] [next#]
[目次]
[しおりを挟む]

[back to top]



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -