うたプリ中篇 | ナノ


仮面(嶺二)


「〜♪」

執務室の大きな窓からは柔らかな日差しが注いでいた。
気持ちのいい朝。
僕は自然と鼻歌を歌っていた。

そろそろ時間だ。
ふぅ、と一息ついて書類から顔を上げる。
穏やかな日差しのもとを辿り窓の外を見ると、
これから向かう方面には現在の天気からは想像できない程の黒い雲が広がろうとしていた。

「御機嫌ですね、れいちゃん先輩」

柔らかな声が聞こえて我に返る。
僕の許可なしでここに入ってこられる人間は少ない。

「ああ。なっつん。もしかして時間かな?」
「はい、ノックしたんですけど、気がつかなかったみたいですね」

ふふ、とふわりと笑う男。
彼は、なっつん……僕がそう呼ぶ男、ナツキは僕の補佐官だった。
大きい身体に纏う空気は優しいのに、キレ者で力も強い。
僕が最も信頼し、そして警戒している男。
なぜならちょっと変わった人格の持ち主で、
穏やかな性格の裏側に底知れぬ闇や熱い想いを感じる。
最悪、いつか寝首を掻かれるかもしれないとも思っていた。

彼が僕を先輩と呼ぶのは、同じ学校の先輩と後輩だからだった。
僕が領主となったいまも、その呼び方は変わらない。
僕も特に咎めることはなかった。彼らしいし、言っても直らないだろうと思ったからね。

僕はこの辺りを収める主。王様……よりはちょっと格下。
領土の主という立場。
先代の領主から地位を譲られて半年。
まだまだ慣れないことも多いけれど、この辺じゃ一番偉い。
この土地と民を支配する者。

「鼻歌なんて歌っちゃって……今日のお仕事、そんなに楽しみなんですかぁ?」
「うん、そうなんだー」
「今日は聖女様に会う予定なんですよね。でもれいちゃん先輩、いつも聖女様は悪い魔女だって言ってませんでしたっけ?それなのに楽しみなんですか?」
「ふふ、そうだね。別に僕は本心から彼女が悪い子だと思っているわけじゃないんだよ」

人の心を完全に掌握し、領主であるこの僕に歯向かう者を出さない為には、
敵対する悪の偶像が必要なんだよ。

「僕、聖女様にお会いするのは2度目なんです」
「へぇ、そうなんだ。どんな子だった?」
「んー……可愛くて、歌がとぉっても上手で、ふんわり優しそうな女の子でした!だから僕、今日はとてもドキドキしてるんです!」

なっつんはそう言って楽しそうに笑った。

「そっかー!僕も楽しみだなー!」

実は僕も1度だけ、遠目で彼女を見掛けたことが合った。
白いローブに身を包んだ彼女は、まさに”純真”そのもので、誰も触れていない真雪のようだった。
あの子が祈り、歌えば、神はさぞかしお喜びになるだろう。本気でそう思う。

でも本当にそれだけ?
あの純真さは、重たく厚い白いローブと同じように、故意に彼女が身に纏っているものかもしれない。
本当の顔を隠すためのアイテム。

「でもあの子、あの塔から出られないみたいですよ」
外出時に僕が羽織るコートをクローゼットから取り出しながらなっつんが呟く。

「そうなの?」
「はい。聖職者の方々がとても過保護みたいで。僕もあの子と遊んでみたいのになぁ〜独り占め、ずるいですよぉ」
「そうなんだー……」

聖職者たちは不思議な力を持つと言われている聖女を囲っている。
そのことで彼らが一定の力を保っていられるのは確かだった。
もしかしたらだんだんとその勢力は大きくなって、いずれ僕の地位を脅かすかもしれない。

それは十分な理由になりそうだった。
彼女が本当の魔女になる為の、さ。

「ありがとう、なっつん。いいこと聴いた」
「そうですかぁ?どういたしまして!あっ、れいちゃん先輩知ってますか?聖職者の中にはあいちゃん先輩もいるんですよ」
「ええっ、あのアイアイが……」

それは手ごわい。
とても淡泊で物事に関心をほとんど持たない性格だった彼が聖女に執着するという、
変化を見せたのも不思議な出来事だった。

さぞかしいい女なんだろう。
聖女ちゃんは。

思わず舌舐めずりした。

……おっといけない。

コートを身に纏って、僕専用のいつもの仮面を付けなければ。
健全で信頼できる領主さまという仮面を。

そして黒き雲の覆う場所へと向かおう。
聖女様にお会いする為に。


*END*


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