正義 | ナノ



212
しおりを挟む


「お前に、貴様に何がわかる!俺は、“獅子座のアイオリア”だ!」
「ああ、“反逆者の弟”であり“英雄殿の弟”の“アイオリア”だろう?」
「違う!」

否定するように叫ぶ。

「何が違う?“アイオロス”が“反逆者”だということか?それとも“英雄”なのが?…いや、もしくは“弟”である、ということが、か?」
「っ」

言われた言葉に頭が真っ白になる。
理解が追いつかない。
何が違う?そうだ、兄さんは反逆者ではない、女神を守った。
だが、俺は反逆者の弟として見られていた。
反逆者ではなかったとしても、兄さんが聖域を出奔したのは事実。
それは死をもって償うべき罪であり、脱走者としての罰則を与えられておかしくない。
しかし、女神を守った兄さんは正義なのだ、だから英雄だ。
だったらどうした?
英雄であれ、脱走したのは事実、そして、死をもって償ったのも事実。
…おかしい、これは兄さんの話であって俺の話ではない。
俺は、反逆者の弟であり、英雄の弟で、獅子座の黄金聖闘士…?
バカな、そんなはずがない。
俺は獅子座のアイオリア、女神を守る黄金聖闘士だ。
まっすぐにこちらに瞳を向けたまま、俺を待つ様子の彼女にハッとする。
手の上で転がされたのだと気がついて、唇をかんだ。

「…俺は、獅子座のアイオリアだ。兄さんがどうであれ、関係ない」
「百獣の王なら、それらしくしたらどうだ、“獅子座”?」
「…言われるまでもない」

その言葉に彼女は何を言う訳でもなく、ただ俺から視線を外し、開かれたままの扉から出る。
扉の先に立っている兄さんを一瞥してから、その横を通り過ぎようと足を進めた彼女だが、それは叶わない。
兄さんがその腕を掴んでいるからだ。
だが、直後驚いたようにした兄さんは、何か言いたそうにこちらを見てから、すぐに視線を彼女へと戻す。

「氷雨」
「何の用だ?」
「君と話せるチャンスがあるのなら、俺はそれを逃すつもりはないよ?」

まっすぐに彼女を見下ろして、笑う兄さん。
見たことはない表情。
欲だろうか、今まで見たこともない色を滲ませた強い意志のこもった瞳と放すつもりはないらしいその手。
あからさまに不快だと表情にも小宇宙にも表した彼女は小さくため息をついた。

「“わたし”は、より複雑だ。無理なら諦めることだ」
「…君は優しいね」
「勝手に言ってろ、で?他に一体何の用が?」
「理解できれば、俺自身を見てくれるかい?」
「“白雲氷雨”を理解できれば、な」

兄さんをまっすぐに見返してそう言った彼女は、その視線を腕へと向けた。
相変わらず掴まれている状態だが、視線に気がついたのだろう、兄さんはそっと手を離す。
掴まれていたあたりを眉を寄せたまま反対の手で触れて、そっと撫でる。
薄らと赤くなっているその場に、はあ、と露骨なため息をついた彼女はもう一度兄さんを見上げる。

「別に掴むなとは言わないが、力加減くらい覚えてもらえるかな」

ニヒルな笑みを浮かべて馬鹿にするような口調で告げた。
そのまま兄さんの返事を待たずに彼女自身の仕事を持って部屋を出て行く。
多分、残りは自室で終わらせるつもりなのだろう。
小宇宙の動きを追いかけると、彼女自身の部屋へと消えていく。
兄さんが少しばかり困ったように頭をかいて、反対の手を軽く握ったり開いたりしている。
それから、思い直したようにこちらへとまっすぐに視線を向ける。
表情が、いつもの晴れやかな笑顔ではなく、凪いだ海のように穏やかだったのがひどく印象的だった。

[前へ]/[次へ]

[ back to menu ][ back to main ]
[ 番外編に戻る ][ 携帯用一覧へ ]


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -