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氷雨は抱き上げると、いつも体を硬くして、申し訳なさそうな顔をする。
誰が抱き上げても一緒で、しかし、それでも、相手のことを気遣っているのか、動きやすいように気をつけているようだ。
それから、体力はないようで、教皇宮から出ることはほとんどない。
だが、代わりと言うのか、執務の速度はなかなかのもので、解読書類は全て彼女に任せられている。
数が少ないとは言え、量が多いそれを、彼女は常に自身の仕事の傍らで終わらせる。
そして、女神に渡すための書類に目を通し、確認もするのだ。
「氷雨の方が、働き過ぎではないか?」
化粧で隠しているものの、くまがあるようだし、肌も、少し荒れているように思う。
いつも、無意識だろうが、執務中に額を抑える仕草もしている。
驚いた顔をした彼女はびっくりしながらも、微笑んだ。
「ありがとうございます、でも、聖域の仕事は、以前の仕事より楽ですから」
大丈夫ですよ、と私を安心させるように、頬にある私の手に触れながら、穏やかな表情を見せてくれる。
それから、首を傾げて、彼女が何かを言おうとしたそのときだった。
「カミュー、氷雨ちゃーん?」
ミロが首を傾げながらキッチンに入ってくる。
彼女は、ゆっくり私の手を下ろして、くるりと振り返り、ミロに明るい声をかけた。
「ミロさん、カミュさんが少し体調が悪そうなので、様子を見ていてくれませんか」
今日の分のミロさんとカミュさんのお仕事はどうにかしておきますので。
にこり、微笑んだ彼女はダメでしょうか?と不安そうに続けた。
「大丈夫!任せとけって」
そんな彼女に満面の笑みを浮かべて、ミロは答える。
友紀は嬉しそうに頷いて、お願いしますね、と宮を出て行った。
「…ミロ?」
「んー、カミュ大丈夫か?」
そんな声を背中に聞きながら、階段を見上げる。
…まあ、食後の運動だよ、頑張ろう自分。
何だろうね、この、何ともいえない気持ち、リ○充爆発しろ的な気持ち。
ナチュラルなイチャイチャを見たように思ったのはそういうフィルターが私の目に被さったからか…。
それとも純粋にあの友情関係が羨ましく思ったからか。
…そういや、親友って居ないな、と少し寂しく思う。
大学時代も友人はいたし、いつも一緒に行動する人はいた。
だが、何処までいっても友人にしかなれない。
それはきっと、私が前世と言う部分を未だに受け入れられず、対等に立てないからだろう。
「あー、やめよ。」
軽く頭を振って、上を見上げる。
まだまだ、双魚宮までは遠い。