正義 | ナノ



090
しおりを挟む


「ごちそうさま、美味しかったです」

そう笑った彼女は、片付け手伝いますよ、と皿を持った。
そして、今、私の隣で、皿を洗っている。
…氷雨は不思議だ。
まだ、此処に来て、一週間ほどであるのにも拘らず、既に、聖域になくてはならない人間となっている。
勿論、それは、書類処理という仕事的な面もあるが、それだけではない。
彼女があまりに働きすぎるからか、その様子を見るために、今まで休憩を取らなかったカノンが、休憩するようになった。
サガも彼女が休憩時に淹れてくれる紅茶を飲むために、休憩を挟むようになった。
そして、彼女の様子を見るために、執務室に人が集まる。
つまり、今まで顔を合わせようとしなかった黄金たちが、顔を合わせるようになったのだ。
アフロディーテは最近よく笑っている。
それから、デスマスクも真面目に書類を終わらせている。
一番引きずっていたシュラは、サガ、アイオロス、アイオリアの前で、久しぶりに笑顔を見せた。

「カミュさん?どうかなされましたか?」

下から、不思議そうに見上げてくる彼女。
ぱちぱちと瞬いて、少し心配そうな表情になる。

「いや、なんでもない」

首を左右に振って、氷雨を観察する。
黒髪黒目、赤い縁のメガネ。
身長はさほど高いとは言えず、だが、女性としては平均的、なのだろうか。
いつも話すときは低めのソプラノだが、アフロディーテやシュラ、デスマスクと話しているときは心地よいアルト。
きっと、本来はアルトなのだろう。
だからこそ、あの三人が、どこか、羨ましく思えるのだ。
中でも、シュラは特に。
アフロディーテは最初から彼女に好意的であったし、デスマスクも悪い対応はしていなかった。
だが、シュラは、どう考えても私より対応が悪かったはずで、頭から疑って排除しにかかっていた。
にも拘らず、シュラが笑い、彼女も穏やかに微笑む。
良かった、と思うと同時に、妬ましくも思う。
あの三人のみ、呼び捨てであることも、この気落ちを増幅させているのかもしれない。

「カミュさん!カミュさん!!…本当に大丈夫ですか?」
「え、あ…すまない」

気がつけば洗い物を終えていた彼女が、私を見ながら、眉を寄せている。
額に手を伸ばされて、ひんやりとした手が当てられる。
自分の額にも手を当てた彼女は首を傾げ、両手を重ねた。

「熱はなさそうですね。…でも、今日はもう休んだらどうですか?」

仕事であれば、私が伝えておきますから。
と、続けて首を傾げる彼女の頬に、手を当てる。
驚いた顔をしている氷雨は、人とのふれあいが苦手なのだろうか、と思考が逸れた。

[前へ]/[次へ]

[ back to menu ][ back to main ]
[ 番外編に戻る ][ 携帯用一覧へ ]


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -