ひとり | ナノ



3


「氷雨、」

小さく、名を呼んでも、答えはない。
軽くした唇を噛んで、雲に手を伸ばす。
もっと、強く。
もっと、賢く。
もっと、大きく。
彼女を捜して、見つけて、守れるくらいになるまで。
決意を固めて、手紙をお守り代わりにポケットに入れる。
写真すらない彼女の顔は、だんだん薄れてきている。
だが、それでも、まだ、忘れていない。

「セフィロス、」

後ろから声がかけられた気がした。
振り返るが、誰もいない。
妄想だったか、とため息を吐いて、目を伏せる。

『だいすきだよ、せふぃろす』
『おかえり』

今まで言ってもらった言葉は鮮明に思い出せる。
俺が伝えた言葉は何一つ思い出せないけれど。
それでも、話したことは覚えてる。
初めて褒めてもらったことも、諭されたことも、撫でられたことも。
手の感覚も覚えている。
俺の髪をそっと、撫でて、ぎゅうと抱きしめてくれた。
我ながら女々しいと自嘲気味に笑うが、それでも、やはり、なかったことにはできない。
優しくて、暖かくて、俺に彼女しかいなかったように、彼女にも俺しかいなかった。
今考えれば、俺たちはお互いに依存していたのかもしれない。
それでも、どこまでも幸せで、綺麗な思い出だ。
そこまで考えた時、電話がけたたましく鳴る。

「なんだ?」
 『任務だ。』

それだけで切られた電話に肩をすくめて、準備のために室内に戻った。
そっと、振り返って、空を見る。
彼女と二人で空を見られたなら、もっと幸せだろうなどと考える自分に苦笑した。
またいつか、今度は俺が彼女を抱きしめられるようになって、二人で生活することを夢見る。
そんな、来るかもわからない日を想像して、口元を緩めながら、屋上の扉を閉めた。

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