ひとり | ナノ



3


翌日には熱はすっかり下がっていた。
体調も元通りだったが、氷雨に強く言われて、今日も実験はない。
宝条や科学者も、彼女の剣幕に押され、今日は休みになった。
彼女は悪戯な笑みを浮かべて、俺の髪を撫でる。

「今日はいっぱい遊ぼうね、」

囁くような言葉に、思わず、瞬く。
顔を見れば、先ほどよりも楽しそうに笑みを深めている氷雨。
こくり、頷いて、彼女の手を引いた。
と、そのまま、後ろからぎゅう、と抱きついてきた氷雨に思わず、動きが止まる。

「心配したんだからね、」


セフィロスはゆっくり目を開いた。
その日以降、彼は風邪を引いたことはない。
それは、彼女の言った一言が一番大きいのだけれど。
きっと、寝込んだところで、看病して、額を撫でてくれる氷雨がいない、というのも理由の1つにあるのだろう。
持っていた書類は、元々内容を読んでいた訳でもなく、ただザックスの質問を躱すためのものだった。
アンジールの書類の山の一番上にそれを重ねて、部屋を出ようと寄りかかっていた机から体を起こす。

「おい、」
「なんだ、アンジール。」
「少しは手伝おうと思わないのか?」

不機嫌そうな声にセフィロスは笑う。
幼い日、氷雨に見せていた笑顔ではなく、片方の口角だけをつり上げる笑み。

「今日の俺は、疲労により風邪気味で有給だ。」

何処からどう見ても健康体の彼は、肩をすくめる。
アンジールは大きくため息を吐いて、頭を抑えた。
その様子に今度こそ、声を出して笑ったセフィロスは扉に向かう。

「風邪など、もう引きたくはないがな。」

小さく呟いた彼は、少しだけ眉を寄せて、いつも付けている黒の手袋を見つめた。
軽く握った左手の甲を唇に押当てて、数秒身じろぎ1つしない。
そんな彼を怪しく思ったのか、アンジールとザックスから声がかかった。
その二人を振り返って、考え事をしていただけだ、と答える。
コートの裾を翻して、そのまま、部屋から出て行った。

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