Agapanthus | ナノ



01


そのカフェは街角にある。
柔らかな太陽の光を浴びている日も、しっとりと全てを洗い流すような雨を受け止める日も。
変わらず、毎日…時折不定休で、お昼頃から深夜帯まで営業している。
カフェというにはいささか時間帯が遅いようにも思うのだが、それでも喫茶店(カフェ)なのだ。
正式な名称は『喫茶・紫君子蘭』であり、カフェというより日本的な印象の強い名前だ。
紫君子蘭、とはアガパンサスという花の別名で、語源はギリシア語の愛と花。
どんな花なのかといえば、紫君子蘭というだけあって青紫に近い花をつける。
キジカクシ目ヒガンバナ科アガパンサス属という分類で、花弁は6つ。
花言葉が「恋の訪れ」「知的な装い」「ラブレター」なんていう恋愛感の強いものだ。
…元々の語源が愛の花なのだから、それも当然のことだろう。
このカフェというには日本的な名前の、その由来はただ単に営業が始まった6月11日の誕生花だから。
店内は茶と白を基調とした空間になっており、所々、店名を意識したような青紫が点在している。
例えば、カップのふちの装いだとか、テーブルの上の小瓶だとか。
落ち着いた雰囲気で、あまり広くないその店は、カウンターとテーブル合わせて20人程で満員になる。
そんな喫茶店のマスターは女性だ。
ジャズをかけながら、カウンターの中でにこりと笑う彼女と白い髪を首元で切りそろえた少年のバイト。
二人でこの店は成り立っていた。

「氷雨、粟田」
「鶯さん、こんにちは。今日もいらっしゃったんですね」

入ってきたのは緑色…正確な色は鶸萌黄だろうか、の髪をした青年。
耳元で外ハネにされている後ろ髪と、右側に重さを置いて右目も隠してしまっている前髪。
服装は首元を少しだけ緩めた白のYシャツに、ぴったりとした前開きの緑色のカーディガン、ボタンは2、3個だけを止めている。
手首からだいたい7、8センチほど上まで腕まくりをしている。
ちらり、と見える腕時計は茶色のベルトが上品な逸品だ。
細い足を覆うズボンは真っ黒で、きれいに磨かれた革靴までまっすぐと線が通っている。
若草色の瞳をまっすぐに店主へ向けて首をかしげれば、右の前髪がふわりと揺れる。

「ああ、君の紅茶は美味い」
「ふふ…でも、緑茶の方が好きなんでしょう?」

クスクス、と笑い合う二人を見遣ってから、粟田と呼ばれた青年は無表情のまま自分の仕事を再開させた。
喫茶店に来る客のほとんどが常連で、常連に連れてこられた新規が時折常連になる。
その繰り返しで成り立っており、ここは氷雨と呼ばれた店主の祖父が年老いてから始めたものだった。
祖父が亡くなり、その後を継いだのが今の店主だ。
ゆったりとした空気が流れるその喫茶店だが、突如、勢いよく扉が開かれる。

「氷雨!聞いてくれないか!」
「…鶴さん、少し落ち着いてくださいね。今日は何を飲まれます?」
「エスプレッソを頼む!…じゃなくてだな!」
「そんなに走ってきたのにエスプレッソ…いえ、構いませんけど」

全身真っ白という衝撃のコーディネイトをした青年だ。
白いカットソーに白のパーカー、その上に白のジャケット、ズボンはもちろん白で、靴まで白い。
所々に差し色で紺が混ざっているくらいで、髪も白、肌も色白のせいで、白飛びしそうだ。
その中で金の瞳がらんらんと輝いている。
店主はそんな相手に慣れたようにはいはい、と頷きながらエスプレッソを用意し始める。
鶴と呼ばれた白い彼は興奮冷めやらぬというように喋り始め、その動きに合わせて、後ろでひとつに縛られている襟足がゆらゆらと揺れた。

「鶴、座ったらどうだ?」
「鶯!君も来ていたのか!」

彼らは大学時代の同級生で、学生時代からよくこの喫茶店に足を運んでいた。
いそいそと鶯の隣に座った鶴は、儚げな見た目からは想像もつかないほどに満面の笑みを浮かべて、告げる。

「今度、まさかのディナーショーをすることになったぞ!」
「…鶴さんって、普通のマジシャンですよね?」
「テレビ進出もしているけどな!そこでだ、特別に君たちにはこれを贈呈してやろう!」

ポケットに手を入れて、それを取り出す。
紙…いや、チケットのようだが、キラキラと輝いて見える。
お値段は…芸能人のディナーショーといえばこれくらいでおかしくないか、というくらいの金額。
だが、店主はぎょっとしたように、それを返そうとする。

「こ、こんな高価なものいただけませんよ!」
「貰ってくれなければ置いてくまでだ!なあ、鶯よ」
「この日は店を休みにして鶴の晴れ舞台を見に行かないか?」
「…わかりました、確かこの日はばみ君も丁度お休みの日ですし」

少しだけ眉を下げて笑った彼女はそれでも嬉しそうにありがとうございます、とチケットを受け取った。

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