悪魔の寵姫 | ナノ



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気づかせないでよ、君の気持ちもこの想いにも

星空を見上げていると、夏休みにアメリカで出会った彼女を思い出す。
ガンショップで見かけた氷雨さんは今と変わらずに少しだけ幼い顔で銃を構えていた。
その構え方は妙に様になっていて、中心近くを撃ち抜く。
気負いも恐れもなく、どこか現実離れした空気があったことは否めない。
触れたら消えてしまいそうだねぇ、なんて。

「お嬢さん、どうしたの?」

ほぼ中心を撃ち抜いても不満そうな彼女に声をかけた理由は今でもわからない。
彼女は微笑みを浮かべて振り返った。
大人びた子なのだろうか、と思った記憶がある。

「中心撃ち抜いてみたかったなぁと思いまして」

へにゃ、と柔らかく笑った。
教えようか、と声をかければ彼女は嬉しそうに目を輝かせた。
その顔は本当にかわいらしいと称することができるもので。
後から彼女が年上だと聞いて信じられなかった。
それから、未だに時折年下扱いしてしまうのもこの時のせいじゃないかと思う。

「構え方はね」

そっと後ろから手を添えるようにして、共に銃を構えた。
ひどく儚くて現実味のない彼女だったけれど、触れると現実感が増す。
温かな体温にか、やわらかな肌にだろうか、それとも近寄った時に香った甘い香りかもしれない。
少しだけ赤くなった耳におや、と少しだけ驚いたけれど。
体を支えるようにして、反動を抑えてやれば、今度こそ中心を撃ち抜いた。
途端、嬉しそうに振り返って、満面の笑み。
近さとその表情にクラっとしたのは言うまでもない。

「わ、すごい!!ありがとうございます!」

純粋に告げられた言葉に、気にしないで、と返すのがやっとだった。
その後、一緒にビーチフットをすることになるなんて思わなかったから、名前も言うことなく別れた。
すぐに再会して、さっきのお兄さん!と嬉しそうな顔で言われて戸惑って。
しかも、彼女の方が年上とわかって彼女は衝撃を受けていた。
氷雨さんは最初ビーチフットに参加するつもりは一切なく、応援側に立つ。
けれど、途中、少しだけ参加していて。
プレー数で言えば2つか3つくらいだっただろうか。
その時は理由を知らなかったけれど、本当なら参加するべきではなかったのだろう。
楽しそうにしていた氷雨さんだったけれど、あの後ちゃんと病院には行ったのかな?
ベン牧場で会った時には多分病院には行ってなかったと思うけれど。

「キッドさん、お世話になりますね」

そう笑った彼女とはそれから何度か顔をあわせることがあった。
知り合いに会えた嬉しさからか、それとも懐かれたのか。
会うたび会うたび、嬉しそうに笑ってくれて、本気で心配してくれた。

気がつけば、目が離せなくなった。
いつもの少しお姉さんぶった表情も。
笑うと無邪気で、高校生に混じっていて違和感がないことも。
時々、消え入りそうなくらい儚く見えるのも。
出会った頃はきっと余裕がなかったのだろう。
記憶もない状態で、ただ、誰かの役に立つことだけを考えていて。

「氷雨さん、」

多分、彼女はまだそういうことを考えられる段階にはいないのだともわかっている。
わかっているからこそ、誰も傷つけないよう、上手く立ち回っていたのだ。
そういうところだけは、本当にずるい大人だと思う。
子供には、敵いそうもない。
はあ、とため息をついてから立ち上がる。

「ただ、わがままは子供の特権、ってね」

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