悪魔の寵姫 | ナノ



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酸素を求めもがく金魚

氷雨が入院した、という話は、武蔵氏が全員へ告げた。
彼がいうには、元々あった傷が開いてしまったからだと話す。
決勝には帰ってくるから、待ってて欲しいと伝言されたと無表情で告げてから、踵を返した。
また病院に向かうつもりだろう。
彼女についていることを何よりも彼女自身に許される関係が羨ましいと心から思う。
それでも、彼女のためにも、そして何より俺自身のために、決勝でアメリカを倒す。
そのためには、ミリタリアもドイツも下さなくてはならない。
俺とは違う理由であっても、その思いは、きっと日本代表共通の思いだったろう。
それくらい、彼女は俺たちに心を砕いてくれているし、協力してくれているのだから。

アメリカ戦前日。
カジノにMr.ドンがいると聞いて、鷹にだけ話をしてホテルを抜ける。
向かった先のカジノで、Mr.ドンを見つけたのは予定通りだった。
でも、どうして、氷雨がいるのだろうか。
しかも、何故かMr.ドンに教えられながらルーレットしてるのは理解ができなくて思考が停止した。
Mr.ドンが黒に1000ドルかけながら、説明している様にはなんとも言えない気持ちになる。
周りの人間が黒にかけているのを見て、彼女はどこにもかけず、ただ様子見していた。

「説明ありがとうございます、ミスター」
「いや、気にするな。我が国の人間の責は我が国で償わねばな」
「もう償いは十分ですよ。彼らには、もう関わってもらいたくはないので」

苦笑する彼女は美しく目を伏せる。
その顔は女性として、本当に綺麗だった。
影があって儚いように見えてしまったからかもしれない。
明るく笑っている彼女が確かに大切だけれど、伏し目がちに俯いて憂う彼女は、違う魅力があった。
そんな彼女にMr.ドンも目を見開いて、手を伸ばす。
だめだ。
体が弾かれるように反応した。

「赤に1000ドル」

Mr.ドンの視線が俺に向いたのを確認してから、宣戦布告する。
彼の近くにいる氷雨が、ぽかんとしてから、ニッコリと笑って、同じように赤にかけてくれた。
ああ、本当に、彼女は。

「ふふ、当たりましたね。やっぱり私は日の丸の国の女なのですよ。ミスター」
「星条旗にも赤はあるぞ?」

当たった金額を全部Mr.ドンに渡して、彼女は立ち上がって俺の方へと回ってくる。
猛くん、こんなところに来てどうしたんですか?と穏やかな顔を見せる彼女は、今までと変わりない。

「氷雨、体調は大丈夫なの?」
「うん。もうこんなことはないと思うよ。ちゃんと全部治してもらうから」

相変わらず運動はできないけれど。
言いながらもどこか吹っ切れたように笑う彼女はキラキラと輝いている。
強いのだと、そう思う。
氷雨は近くのポーカーのテーブルでヒル魔氏を見つけたらしく、妖一さん!とそちらへ向かう。
その時に忘れずに俺の手を掴んでいくあたり、年上らしく振舞うようにしているのだろうと判断できる。
けれど、この振る舞いは俺を子供扱いしているようにも見えることを把握しているのだろうか。
…きっとしていないのだろうなぁ。
ありありとわかる彼女の素直さに苦笑して、Mr.ドンとの会話もソコソコにヒル魔氏の元へと向かった。
クリフォードと一騎打ちしていた彼にニコニコと笑いながら近づく。
が、何故かヒル魔氏と話すのを邪魔するようにクリフォードに話しかけられていた。

「サニーと仲がいいのか?」
「私の保護者は妖一さんですよ、クリフォードさん」
「だが、アメリカ戦が終わればそうとも限らないだろう?」
「さあ?どうでしょうか」

にこり、と目を細める氷雨は、気がつけば消えてしまいそうで。
俺たちから離れていってしまうのだろうか、とその手を掴んだ。
それは俺だけではなくて、ヒル魔氏も同じだったらしいけれど。
彼女は俺たちに慈愛に満ちた笑みを浮かべるだけで、何も答えてはくれなかった。

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