悪魔の寵姫 | ナノ



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いつまでもあなたの横で微笑むから

氷雨さんは移動しましょうか、と俺に何か言うでもなく、手を引いた。
無言のまま、導かれるまま彼女のバイクに乗せられる。
はい、と、頭にヘルメットを被せられて、移動した先はマンションの一室。
たしか、クリスマスボウル前に来た部屋だ。

「ちょっと待っててくださいね」

にこり、笑った彼女に一度頷いて、リビングに向かう。
ぼうっと立っていれば、苦笑した氷雨さんに、こっちに来てください、とソファーに案内された。
彼女の手にはティーカップが二つあり、そっとテーブルにおく。
どうぞ、と差し出されたそれを受け取って、紅に映る自分の顔をじっと見つめた。
情けない顔をしている、と思った。

「お悩みは、アメフトについて…では、なさそうですね?」

ゆっくりと問われた言葉にそちらを見ないまま頷く。
テーブルにカップをおいて、氷雨さんの方を見た。
首を傾げながら真剣な表情の氷雨さんに、ぽつり、と言葉を零す。

「…苦しい」
「苦しい?」
「苦しくて、悔しくて、辛くて、痛いんです」

ぐ、と心臓の辺りで手を握る。
俯いていると、氷雨さんが動く音が聞こえた。
呆れられたのか、と眉を寄せるが、彼女の手がそっと頬に触れる。
持ち上げられるように、いつもより近い距離で見つめあう。

「悲しかったり、怒ったりは、しないんですか?」
「はい」
「じゃぁ、嬉しかったり、楽しかったりは?」
「…時と、場合によっては」

不安そうな彼女の瞳の中にいる自分自身は、何処か可笑しかった。
だが、それが何を示しているのか全くわからなくて。
無意識に顔を顰めた。

「なら、それはどういうとき?」

問われた言葉を考える。
答えは、驚くほど簡単だった。
目の前に答えがあるのだから、それも、当然のことだったかもしれない。
少しだけ、口元が緩む。
氷雨さんが少しだけ驚いたように目を見開く。
それから、にこり、といつもの笑顔を浮かべた。

「どうやら、解決したようですね?」
「はい…ありがとうございます」
「いえいえ、お気になさらず」

ニコニコと楽しそうな彼女にふと、不思議に思う。
先程までは、浮かない表情をしていたのに、と。

「どうして、氷雨さんまで?」
「清十郎さんが笑っているからです」

問いかけに答えながらも柔らかな微笑みを湛える氷雨さん。
ああ、簡単なことなのか。
俺が笑っていれば、彼女も、笑ってくれる。
目を細めて、氷雨さんの手をとった。

「ありがとうございました」
「はい」

にこり、笑う氷雨さんの送っていくと言う言葉を辞退して、走る準備をする。
彼女の瞳に映っていた自分は、きっと、彼女を好ましく思う気持ちがあったのだろう。
自覚した感情を込めて地面を蹴れば、いつも以上に走れそうな気がした。

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