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温度のない体では君を温められないその後、氷雨さんの執り成しもあってか、峨王力哉と金剛阿含は素直に着席した。
しかし彼女は眉を寄せたまま、何か考え込むように俯いている。
はあ、と一度ため息を吐いてから、諦めたように立ち上がる。
遠巻きに此方を見ていた店員と話をしているが、しきりに頭を下げていた。
最後には、名刺を差し出して、それから、以後気をつけますので、と帰ってくる。
「氷雨さん、すみません、全部…、」
「いいのいいの、こういうときこそ成人してる私が活躍できるから」
特に問題なく解決できたし、にっこりと笑った彼女は、二人に視線を向けた。
「意見の対立にどうこう言うつもりは有りませんが、物を壊したり、人に被害を与えるのは避けてくださいね」
「流石ッスね、氷雨さん」
雷門太郎の言葉に彼女は眉を下げて笑って、小早川セナに謝罪しながら持たせていたトレイを受け取った。
その後すぐに店員が新しい机を用意して、その机にトレイを置いてからゆっくりポテトを咀嚼し始める彼女。
基本的に俺たちの会話に口を挟むことは無かった。
ただ、金剛阿含と峨王力哉が攻撃的になった時は静かな声で横から口を挟む。
一体誰を呼ぶのか、大体のリストアップを終えて、解散することになった。
「じゃぁ、声をかけにいく時は車出すから、連絡してくれる?」
「え、本当ですか?」
「うん、勿論、任せて」
何処か楽しそうに笑った氷雨さんは、ふと思いついたように告げる。
「峨王さん、帰りはどうされますか?」
「…このまま栗田の家に行く」
その言葉にそうですか、と静かに告げて、金剛阿含の方を見た。
見られた男はソファーに寄りかかったまま、頼むわ、と答える。
くすくすと笑う彼女は、頷いて、ゆっくり席を立った。
「何処までお送りすれば?」
金剛阿含に向かって告げられた言葉に、思わず眉を寄せる。
お互いが当たり前のように言葉を省略させる会話。
それは相手のことを知らなくては出来ないもの。
気安い空気が両者の間にあってこそ、言葉を減らしていけるのだ。
相手を知らなくては、擦違いが起こるはずで。
「あー?…最寄りでいい」
答えとして返ってきた言葉に、彼女はぱちりと瞬く。
その表情は理解出来ていない、ではなく、驚きだろう。
軽く首を傾げながらも、その視線をしっかりと向ける。
その視線を受けて、いいんだよ、と答える金剛阿含。
見ているのが、嫌になる。
自分自身、アメフトにだけ集中し、行動してきた。
金剛阿含についても、選手として認めている。
にも拘らず、今は、理由もなく、睨みつけてしまいそうだ。
「じゃぁ、阿含さんを駅に送ったら電話するから」
氷雨さんは小早川セナにそう言って、俺たちに背を向けた。
何故か、その背中を引き止めようと手が伸びる。
掴んでしまった腕に、彼女が不思議そうに振り返った。
その瞳に真っ直ぐ見つめられて、急に頭が真っ白になる。
「清十郎さん?どうかなさいましたか?」
ゆっくりとした口調に視線を彷徨わせた。
何か、言わなくては。
自分でもどうして引き止めたのかわかっていないのに、何を説明出来るのか。
「…後で、相談したいことがあるんです」
「わかりました、私でよければ」