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その人にとって唯一無二の存在になれるとおもうこと「そういえば、氷雨さんって、俺たちのこと名字で呼ぶよね?」
王城の桜庭がじーっと彼女を見つめる。
見つめられた方は、首を傾げて思い至ったのか、こくりと頷いた。
その反応に、不思議そうにするのは巨深の水町。
弾かれたように彼女を見て、それから王城を見る。
「俺たちは名前だよね?」
「それは、健悟さんたちがそう呼んでくれと言われたからですよ」
くすり、笑った彼女はふと周りを見渡す。
そして、俺を見つけて、にっこりと笑った。
「最初から名前で呼ばせてもらっているのは、雲水さんだけですよ。キッドさんは別として」
「まあ、キッドさんは、キッドとしか名乗ってくれないですから」
肩をすくめて甲斐谷が告げる。
それに彼女は頷いて、俺と視線をあわせた。
「雲水さんは私が勝手に雲水さんと呼び始めてしまいましたけど…大丈夫でしたか?」
「ええ。阿含も知っている相手は基本的に名前ですから」
答えれば、少し考えるようにして、そうですか、と頷く。
その瞬間、彼女の携帯電話が大きな音を立てた。
びく、と肩を揺らして、電話を取り、問いかける。
「もしもし?…え、いや、それはご遠慮します」
怪訝そうな表情をして、声までもいつもと異なり低めになった。
そんな彼女に驚いたのか、視線が集中する。
「いえ、そういう訳では…。はぁ、そうですか」
やるせない表情で、マイナスの感情が表に出た声。
思い切りしかめられた眉は、何とも言いがたい感情を表している。
それから一方的に話されているのか、無言になった。
暫く無言が続いたかと思えば、明らかに電話の向こうに聞こえるようなため息を吐く。
「…わかりました」
ぴ、と些か乱暴に電源を落として、もう一度溜息。
額を抑えて、周りを見回す。
目的の相手を見つけたのか、視線を止め、深く息を吸った。
「妖一さん、」
「…何だ?」
「12月24日の午前中…から昼にかけて、アレキサンダースにいってきます」
疲れたような声で、ゆっくりと告げて携帯を投げる。
軽々とそれを受け取ったヒル魔はパソコンに繋いで、キーを叩いた。
イヤホンを抑え、微動だにしなくなる。
そして、次の瞬間、脱力するようにため息を吐いた。
「何処で引っ掛けてくるんだ?」
「そんな言い方はやめて、私から連絡先を聞いたのなんて…あれ?桜庭さんだけ?」
首を傾げて、辺りを見回す。
一人ひとりの顔を見て、一度頷いた。
投げ返された携帯を両手で危なっかしく受け取って、その携帯をポケットに仕舞う。
何処か優越感を滲ませて笑う桜庭が視界に入った。
才能に挑戦する野心と言い、今回のこの、素直に優越を滲ませられる反応と言い、羨ましい限りだ。
などと、そんなことを考えながら、何故不快感を覚えているのか、を考える。
本当はすぐに答えなどでているのだが、口に出すことなどできない。
羨ましい、ともう一度桜庭に視線を向ける。
偶然にも目が合った彼は、思いついたように笑い、彼女の方を向いた。
「氷雨さん、俺のこと、名前で呼んでくれませんか?」