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どろどろに甘やかしますので覚悟してくださいその日、試合に向かう前に氷雨さんとアドレスを交換した。
水町にニヤニヤされたが、そんなもの思いっきり無視だ。
試合が終わって、彼女が座っていた場所を見る。
既にその場所には誰もいなかった。
ふと、考える。
次に氷雨さんに会えるのはいつだろうか。
あの様子だと、色んな試合を撮っていそうだから、次の泥門戦の会場にいるかもしれない。
泥門の主務のセナ君がスパイクを持ってきてくれた。
アイシールドの話になったとき、コンコン、とノックが響く。
水町が扉を開けて驚いた顔をしていた。
「どうした水町、誰、が、」
「氷雨さん?!」
俺の後を継ぐようにセナ君が叫ぶ。
にこり、笑った氷雨さんのエプロンはキミドリスポーツのもので。
首を傾げて、こんにちは、とこの間とは印象の違う表情を見せた。
あの時のような真っ赤なルージュではなくて、むしろ、淡いピンク色。
髪の毛も動きやすいようにか、首許で一つにしていた。
「泥門の知り合い?でもって筧の知り合い?」
「こんにちは、投手の小判鮫さん、ですね」
驚いた様子もなければ、焦った様子もなく、彼女は微笑んだ。
小判鮫さんは一瞬固まって、笑った。
何を言い出すのかと思ったが、その前に氷雨さんが持っている箱を差し出す。
「えっと、さっきセナさんが忘れたスパイク一足と、後一応ポイントカード?です」
「あ、ありがとう」
手渡した彼女は、ぱちり、瞬いた。
口元に人差しを当てて、何度か跳ねさせる。
視線で部室内を確認してから、軽く頭を下げた。
「またのご利用をお待ちしていますね」
上げられた顔には張りつけられたような営業スマイル。
その笑顔が気に入らなくて、席を立つ。
「送ります」
「大丈夫です。皆さんは練習があるでしょう?」
お気になさらず、と眉を下げる氷雨さんを無視して、隣に並んだ。
軽く背中を押すようにして、扉の外に誘導する。
営業スマイルが無くなって、動揺し始めた氷雨さんが可愛らしい。
「何処に送ればいいですか?」
問いかければ、彼女は口をへの字にして俺を見上げる。
ああくそ、可愛い。
「…氷雨さんは、何故アメフトを?」
「お世話になってる人が、何よりも優先してるから、ですね」
なんてことないように首を傾げた氷雨さんは、今じゃ、私が好きなスポーツになっていますけど、と笑った。
お世話になっている人、か。
保護者?だが、俺が見た限り、氷雨さんは被保護者ではなさそうで。
そんな俺に気がついたのか、彼女は苦笑しながら教えてくれる。
「私の知り合いは皆知っているんですけどね」
その表情に悲観的な思考は感じなかった。
明るく前向きな表情で、でも、少しだけ、自分の中に過去がないからか、空虚だった。
「これから…これから、作ればいいじゃないですか」