吸血鬼 | ナノ



珈琲一杯の逢瀬


珈琲一杯の逢瀬

「スモーカーさん!」

後ろから呼び止められ、緩慢な動作で振り返る男。
人ごみの中から、ぶつからないように気をつけながら、銀髪が現れる。
ふと、立ち止まっていることを確認するためか、彼女が顔を上げた。
紅い目がガクン、と落ちる。
スモーカーは慌てて腕を伸ばして、転びそうになった彼女を支えた。

「…危ねぇ。」
「ごめんなさい、ありがとう。」

少し気恥ずかしそうに笑ったヒサメは、『符術師』の顔でも、副船長の顔でもなかった。
体勢を立て直した彼女の頭をぽん、と一度叩いて、スモーカーは歩き始める。
一瞬固まって、慌てて彼の後を追いかけた彼女が着ているのは、珍しくもスカート。
普段は、いつ戦闘が起こっても可笑しくない、とズボンしか穿くことはない。
そんな彼女がスカートを穿くのは、信頼した人に会うときだけである。
ひらり、スカートの裾を翻して、彼の後を追って店に入った。


「何かあったのか?」

カフェに入って、奥まった席に座った二人は向い合って話をしていた。
彼らの目の前には、既に頼んだ珈琲から湯気が立っている。
ヒサメは、小さく首を振って、カップを手に取って、微笑んだ。

「スモーカーさんに、会いたくなったので。」

さらり、と告げて、珈琲に口を付ける。
幸せそうな表情を浮かべた彼女は、無言になったスモーカーよりも珈琲カップの装飾が気になるようだ。
目線の高さまで持ち上げたり、カップの底を見てみたりと、暫くカップを見つめる。
それから、首を傾げながら、正面で黙りこくっている男に視線を向けた。

「スモーカーさん?」
「なんでもねぇよ、」

はあ、とため息を吐いてから、右頬だけをつり上げて、笑う。

「テメェはいつもそうだな。」

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