あなたに魔法をかけました
「ぐすん、すん、ひっく」
泣いていた。これでもかというくらい、私は泣いていた。
何故泣いてるかって?半年付き合ってた彼氏にフラれたからだよ!
大学に入って半年目、合コンで会った彼氏。同い年で、私の通う大学の近くにある大学に通ってる。
金髪にピアス、パンクっぽい服装で、ちょっとチャラくて、良く言えばフレンドリーな人だった。今思えばあんなのただの軽薄男だけど。
一方の私は生まれてから高校を卒業するまでずっと田舎育ち。髪なんて染めたこともないし服装は安けりゃいいがモットー。ピアスなんて以ての外。
顔面に装着しているものはメガネ一点のみ、みたいなナリで上京してきた所謂おのぼりさん。
都会の女の子のおしゃれさに初めはめまいさえ覚えたわ!洋服の値段を見て立ちくらみだってしたわ!
でも一人置いて行かれるのは嫌だったから頑張っておしゃれを勉強した。
メガネはコンタクトにしたし、三つ編みだった髪も毎朝よくわからないスプレーをしてぐしゃぐしゃにするし。なんでこんなのがおしゃれなんだ…?
疑問に思わなくはないけど口にはしない。だってみんなそうしてるから。この理屈こそが都会の「普通」なんだろう。
閑話休題。
それだからいまいち恋愛とかそういうのもわからなくて、あんな馬鹿に夢中になっちゃんたんだ。
ちょっと外見をほめられて、優しくされたからってホイホイ引っ掛かっちゃったんだ。
だから、飽きられたのも呆れられたのもわからなくて、結局…。なんだ、馬鹿なのは向こうじゃなくて私じゃないか。
「…うっ、ぐすっ」
もう忘れよう。明日は休みだし。
ほら、ごはん作らなきゃ、誰もつくってくれないよ。
大学に通うために借りた狭いアパート。はじめは念願の一人暮らしということで楽しかったけど最近じゃさみしいだけだ。
あー、まだ大学何年も残ってるのにな。
冷蔵庫に何か入ってたかな、無かったらコンビニ弁当でいいや。明日から、明日からはちゃんとやるから。
しゃくりあげながら立ち上がると不意に携帯が鳴った。うわあびっくりした。しかも電話着信。やばい、今泣いてたから声変かも。
電源を切ろうとしてディスプレイの表示を見て私はまたびっくり。……電源を切った方がややこしくなる相手だ。
「……もしもし」
『遅い』
「私にも、都合があんのよ。で、なんか用?」
『別に。……有希、お前泣いてた?』
「は?泣いてなんかないし」
『嘘つけ、声少し枯れてるじゃねえか』
「んなっ、」
電話をかけてきたのは近所に住む会社員の男だった。なんでこんな男と電話しているかって?
何を隠そうこの男は元・私の近所に住むお兄さんだったからだ。
私より7歳年上のこの男は私が中学校に入る直前に引っ越していってった。大手の企業に就職したからってみんな舞い上がってた。大学生の身で異例の引き抜きだったって。
そこで話が終わればいいのにこの男は、私が大学に通うために借りるアパートの下見をしていた時に私と母さんの目の前に現れたのだ。
いや、あっちもわざとじゃなかったんだよね。偶然、そう、偶然、私の第一希望のアパートがこの男が住んでいたアパートってだけでね!
「あら、竜二君じゃない?」
「えっ」
「あ、どうも、お久しぶりです」
「やだ、かっこよくなっちゃったわねえ、ほら、有希子もあいさつしなさい」
「いい」
「あら、どうして?あんた竜二君がいなくなっちゃった時は大泣きしてしばらくぶすっくれてたじゃない」
「昔の話でしょ。私、別のアパートにするから。昼間見た方。はい、決まり。帰ろう母さん」
「有希子?お前、あの泣き虫の有希か?へえ、かわいくなったんじゃねえの」
「うううう、うるさいな!どっかいけ!変態!ロリコン!」
「おーおー、減らず口は相変わらずだこと」
「ごめんなさいね竜二君、この子照れちゃって」
「気にしてないからいいっすよ」
回想終わり。全く。あの時の衝撃を私は忘れないぞ。あとあいつのわざとらしい営業スマイルだって忘れない。
結局別のアパートに決めたのはいいんだけど母さんがここの住所と私のアドレスを教えちゃったもんだから本末転倒。私はこいつと関わりたくなんかなかったのに。
住所を教えたもんだからここぞとばかりに部屋にあがりこんでくるし。酔っぱらって自分の部屋と間違って帰ってきたこともあった。
今まで何度酔っぱらいの介抱をしたもんだか。
『ていうかお前、あいつと別れたの?』
「は?」
『別なコギャル連れまわしてたけど』
「今の若者はコギャルなんて言わねえよ残念だったなオッサン」
『浮気か、そうか。かわいそうなやつだな』
「オイコラなんで知ってんだよ!ああそうだよバカヤロー!今日の昼前にあの野郎の部屋に行ったらそのコギャルがあの野郎の布団で寝てたんだよ!」
『おう、俺超タイムリーじゃん』
「傷をえぐるな!」
そう、フラれたのは今日の昼前。部屋を開けたらコギャル()が寝てるとか普通なら考えつかんだろ。馬鹿か。いや、馬鹿は私だけど。
なんでこいつがそのことを知っているかというと、あの馬鹿男とこいつが同じアパートだからである。しかも同じ階。こんな悲劇ってあるのだろうか。
おかげでこいつに私の恋愛事情は筒抜け。
お前もう飽きちゃった。いらねえから、どっかいってくんないかなあ
そして今日。ケラケラ笑いながら叩きつけられたその言葉に私は何も言い返せなくて、悔しくて、泣きそうになるのを我慢して自分のアパートに走って帰ったんだ。
完全な浮気。悔しいやら何やらで涙は止まらないし、こんなやつから電話がかかってくるし。もう今日は最悪だ。
『でも、あんな奴が好みだったんだな、お前』
「え?」
『いや、もうちょい違うタイプが好みだとばかり思ってたからさ』
「知らねえよバカヤロー!ダンカンコノヤロー!」
『たけしか』
この野郎、ぐさっと核心に触れてきやがった…。
これまた悔しいことに、こいつ言う事は当たってる。私はもともとちゃらいのは不良みたいで怖いから嫌いだった。
髪は黒くて、ピアスなんかしてなくて、頼りになるタイプが好みだ。
じゃあどうしてあんなチャラいのと付き合ってたかというと、いや、理由は、なくはないんだけど絶対こいつには言わない。ていうか言えない。
「……あんたには、死んだって言わない。ぐすっ」
『鼻すすりながら凄まれたって怖くねえよ』
「言いたくないことが誰だってひとつふたつあるもんでしょ」
本当は、髪が黒くて、ピアスなんてしてなくて、頼りになるこの電話先のこいつが好きなんだ。
言えるはずないじゃん!どんな流れだよ!言えねえよ!
悔しいことに初恋だってこいつだったわ!ていうか私10年越しくらいで初恋引きずってるような女だよ?告白する度胸なんて塵ほどもないわ!
それに、こいつと私と母さんが偶然会った時、見ちゃったんだ。こいつの後ろに寄り添うように立ってる女の人。
綺麗で、スーツの似合う人。嫌になるくらいお似合いで、もう私の入り込む隙間なんか一縷もないって痛感しちゃった。
早く忘れたかった。なのに何の因果か連絡先と住所まで知られてしまい…。私には手の届かない人なのに。なんで近づいてくるの?なんでまだ私にかまうの?
答えは出ないまま私はフラフラしちゃって、この男を忘れたくて、あんな正反対なチャラチャラした男に引っ掛かったのかもしれない。
『お前さ、俺が何もわかってないとでも思ってんの?』
「え?」
『今から10数えろ。数えたら部屋のドア、開けてみろ』
「は?意味がわかんないよ、ねえ、ちょっと…」
『いつまでも泣いてる泣き虫有希ちゃんに俺が魔法をかけてやるよ。ほれ、いーち、にー』
「え、え、」
何言ってんの?魔法?は?
で、でもとりあえずドアは開けてみようかな。か、鍵!そうそう鍵をかけ忘れちゃったかもしれないからついでに外を確認して、
『なーな、はーち』
鍵をかけるためにドアを開けるんだからね!決してあいつの言いなりになってるわけじゃないんだからな!
そう、セキリュティは大事だからね、ほら、開けてみるけど何もなくて、ぽかんとする私を笑うつもりなんだ、
『きゅーう』
あのいじわるの事だからそうに決まって…
「『じゅう』」
「る……」
「る?」
携帯と、目の前、両方からかぶって声が聞こえる。ドアを開けた私の予想は大外れ。目の前にはさきほどまで電話していた男が立っていた。
「ほれ、やっぱり泣いてたじゃねえか」
「な、うっさい馬鹿!触んないでよ!」
いきなり目元を指で掬われてびっくりした私は思わず顔を背けた。
なんで、なんでそんな優しそうな顔してんの。
「………いい加減、素直になれよ」
「うるさい」
「バレバレだって。お前は昔っから俺に隠し事なんてできなかっただろ」
「黙れ」
「なあ、」
「うるさい!だいたいあんた彼女いるでしょ!今更あんたに好きだって言って何になんのよ!」
「……彼女?」
「アパートで久々に会ったとき女の人連れてたでしょ!は、あんたもあの馬鹿男と同類ってわけね、帰れ女の敵!」
「ああ、あいつか」
勢いでこの男を見上げた拍子に私はこいつの両手でぱちっと顔をホールドされた。嫌でも目が合ってしまう。
つらくなるからこれ以上見ないで。見ないで。
「あれ、俺の姉」
「……は?」
「暗くてよく見えなかったのか?雰囲気そっくりってよく言われるんだけどな」
「お姉さん…?」
「そういや有希は会ったことなかったか。じゃあ今度会わせてやるよ」
そういえばあのとき母さんあの女の人にも挨拶してたかも…あれって彼女だから挨拶したんじゃなくてお姉さんだったから挨拶したの?
え、嘘、じゃあ私今まで盛大な誤解してたの?早とちり?う、うわああはずかしい、やだ、なにこれ。
「それより、お前今俺の事好きって言ったな?うん、言った」
「蒸し返すな馬鹿!」
「やっと言ったなあ、有希。じゃ、明日デートな」
「は?」
「いや、だから、デート」
デート?何言ってんだこいつ。私は今日二回目の玉砕をするんじゃなかったのか
きょとんとして目の前の男を見上げる。するとこいつはもうこれ以上にないくらいの笑みを浮かべて言った。
「俺も好きだって言ってんだろ、ばーか」
「は、は、冗談きついぜ」
「有希、顔真っ赤。猿みてえ」
「うるせええ黙れええええええ!うわあああ!」
真っ赤なのは否定しないけど、え、なにこいつ、私の事好きだったの、いや、ちょっと待てよ!じゃあ早く言えよ!私の半年返せえええ!
いろんな意味を込めてこの男の胸板をぽかぽか殴る。と、不意に両手をとられて私はこの男に抱きつく形になった。ちょ、恥ずかしいからこれやめて!
だけどこの男はそんな私なんてお構いなしに耳元で一言。
「な?魔法、かかったろ?」
そういえば涙、ひっこんでた。
「………いい年こいたオッサンがファンタジー趣味かよ」
あなたに魔法をかけました「この期に及んでお前…ちょ、そりゃねえだろうが!もっとしおらしいこと言えよ!あと俺26だからな!まだオッサンじゃねえから!」
「黙れロリコン」
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Cantemus! 環
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