いつの間にかできるようになっていた



「姫、あれは隣の国の王子でして――」
「ああ、私、まだ胸がどきどきしているわ」
「いけません、姫」
「もう決めたの。あの人しかいないって」

普段言うには恥ずかしい台詞や動きにも、慣れてきた頃だった。幸村の声で演技が止まって、休憩に入る。壁際のソファに座ると、傍にあった椅子に柳が座った。

「疲れたか」
「うーん、少し。やっぱり毎回緊張しちゃって」
「初期に比べ慣れてきているように見えるがな」

「まあ、恥ずかしい台詞にはちょっとずつ慣れてきたけどね」「それは大分楽になるな」軽く笑い合いつつ手持ち無沙汰に覚えきった台本をぱらぱら捲っていると、柳がふと切り出す。

「宇佐見は、なぜ演劇に出ることを承諾したんだ」

顔を上げる。「ほぼ事後報告だったと柳生から聞いたが、挨拶の時に人前に出るのが苦手だと言っていただろう」「ああ・・・うん」あの時のことはよく覚えている。主役に決まったからと言われてひどく狼狽えて、結局は絆されるようにして頷いた。本当のことを話しても、柳は失望しないだろうか。

「本当はね、演劇がしたくて引き受けたわけじゃなかったんだ」

「これを言ったら、みんなに失礼だけど」「こんなに騒がしいんだ、誰も聞いてなどいない」ただ一人今の言葉を聞いた柳は気分を害した様子もなく、先を促す。「本当は、人前に出るのが苦手なのを克服したくて――それも説得されてなんだけど」「でもね」どう言えばいいか少し迷ったが、柳は待ってくれるという安心感から、焦ることはない。

「顔合わせの時、みんなが本気でやろうとしてるのが分かって、私もって思った。今は、みんなに混ざって一緒にやれるのが嬉しい」

自分もその一員になりたいと、あの時思った。これは本当だった。「幸村くん達を見てたら自分のために出ようとしてたのが恥ずかしくて」不思議と、柳にすらすらと本音を話している。柳は黙って聞いてくれていた。

「でもやっぱり、これがきっかけでちょっとでも克服できたらいいなって思ってるけど」
「目的から目標に変わっただけだ。何も悪いことではない」

目的から目標に変わっただけ――そうか、そういうことか。名前はすとんと心に落としこめた気がした。「ありがとう」柳としては礼を言われるほどのことを言ったつもりではなかったらしく、少し不思議そうにしていた。「柳くんって、頭が良いんだね」「そんなことはない」「あるよ」「・・・褒めても何も出ないぞ」

「おーいそこ、再開するよ」

いつの間にか休憩が終わっていた。柳といると、時間の進みが早かった。


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