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あれから何となく、すれ違いが続いている。名前は名前で企画しているイベントに向けての大詰めの時期とあって忙しくしていたし、手塚も何かと忙しいようだった。「...名前、後で電話する」あの晩、手塚は約束通り電話をくれた。あの女性はやはり名前の予想通り女性記者で、やはり、彼女が同席することは知らなかったらしい。手塚はきちんと説明をくれ、名前もそれを理解した。心配いらないという言葉も疑っているわけではなかった――しかし、最近まともに顔を合わせていないことで何となく、なんとなく漠然とした不安のようなものが残ってしまっていた。 「名前、こっちこっち」 「久しぶり、奏子」 「結婚式以来じゃない?」土曜日の今日、名前は元同期の奏子とランチの約束をしていた。一年前、名前が当時の恋人とのことや手塚のことでうだうだと悩んでいた時、洗いざらい全て聞いてくれたあの奏子である。あの時はまだ婚約中だった彼女だが、一年経った今では寿退社して新婚生活を送っていた。暫くは奏子の結婚式の話や新居がどうという話をしていたが、ふと「それで?手塚さんとはどうなの?」と聞かれると名前は思わず言葉に詰まってしまった。 「...最近忙しくて、会えてないんだ」 ランチを食べる手を止めてぽつりと呟けば、奏子はフォークでパスタを巻くのをやめて顔を上げた。「忙しくて中々会えないのなんて付き合い始めた時からのことじゃない。どうしてそんなに不安そうなの?」やはり、奏子には敵わなかった。「ほら、最初から説明して」いつかのように、洗いざらい全てを話すしかないようだ。 「そこで名前と手塚さんの仲が揺らいだらその上司の思うつぼじゃないの」 ここ最近の全てを話すと、奏子は当たり前のようにそう言った。「うん...そうだよね」名前も、頭では分かっている。しかし心が頭で考える通りにいかないのだ。 「少し不安だって手塚さんに話してみたら?会って顔を見るだけでも意味はあると思う」 「――・・・でも、」 奏子はだてに名前の相談相手を務めていない。名前が言い返そうとしていることは分かりきっていた。つまり、そんなことをしては困らせてしまうだの、向こうは忙しいから会いに行くのはどうのこうのだの、いつも通りうだうだしたことである。分かりきっているので、奏子は「手塚さんはたまに少しワガママ言うのも許してくれないような男なの?」と名前の言葉を遮った。 「小さなことでも、色々溜まる前に吐き出しておいた方がいいよ。これは私の経験からのアドバイス」 ...奏子は本当に自分と同い年なのだろうか、と名前はいつも思う。前から頼りになる親友だったが、今は拍車がかかっている。つまり、結婚の先輩からのアドバイスである。 「ありがとう。そうしてみる」 ようやく、名前は一人で悶々とすることを止めて手塚に会いに行く決心をしたのだった。 >>> back |