AM 8:30



週末、手塚のマンションの寝室にて。今日は手塚も珍しく完全にオフだというので一日ゆっくりしようと昨晩から話していた。ので、二人はまだダブルベッドでシーツにくるまったままでいる。

「そろそろ起きる?コーヒー淹れようか」

後ろからしっかりと名前を抱きこんでいる手塚は、名前の髪に鼻を埋めて一度大きく呼吸をしてから「まだこうしていてもいいだろう」と寝起きの掠れ声で言った。「...怠けるの苦手じゃなかったっけ?」「名前のせいだ」「つまり私がなまけものだって言いたいのかな」「そういう意味で言ったのではない。離れがたくなるという意味だ」一度腕を解かれ正面を向かされたかと思うと、「だからもう少し、いいだろう」甘く目を細めた手塚の唇が柔らかく名前の唇を食んだ。「ん...」うすい肩を包んでいた骨ばった手が素肌の上をすべり、わき腹から腰を撫でる。そっと睫を持ち上げると、眼鏡をかけていない手塚の目がすぐ傍にあった。こつん、と額をくっつけて見つめ合う。

「...名前となら、一日中ベッドの上で過ごすのも悪くないな」

「...変態」「ん、何か言ったか」「ひゃ、!」手塚の指がわき腹をくすぐって、名前はその手から逃れるように身を捩らせて仰向けになった。「ふ、ははっ...も、だめ、ごめんってばっ」「降参するか」「するから...!っ、あ、ふふっ、」くすぐる手はいつの間にか、名前をその気にさせようとするようなものに変わっていた。「は、ん...国光」ん...?と優しさを含んだ低い声が耳元で響いて、全身の力が抜けてしまう。そのまま耳たぶや首筋を唇でなぞられて、くすぐるのをやめた手は太ももの内側を上へなぞり上がろうとしていた。確実にその気でいる手つきに、名前ははっとして手塚を見る。

「っちょ、ちょっと待って、昨日も――」

慌てて抗議した口をキスで塞がれた。「んっ...ふ、ぁ」肩を押し返そうとした手を取られ、指の間を握られる。抵抗するすべもなく割り入ってきた舌で舌を絡み取られ優しく吸われていると、だんだんと頭がぼんやりしてきた。「は、...ん、」まだ朝なのにとか、ずっとこうしていたいとか、明るいのは嫌だとか、やっぱり好きだなあとか、名前の頭の中は支離滅裂になる。気付けば絡められた指を握り返していた。ちゅく、と音を立てて唇が離れ、ゆっくりと目を開いた名前は濡れた目をしている。

「...名前」

手塚はそんな名前の目に応えるようにして覆いかぶさってきた。寝室は静かで、シーツの擦れる音が甘い気分を誘う。すっかりその気にさせられた名前は空いている方の手を伸ばし、手塚の後頭部の髪をくしゃりと掴んだ。キスをねだる仕草に吐息で笑った手塚は焦らしもせずに唇を寄せる――そんな時だった。ピピピという電子音が、ふいに甘い静寂を切り裂いた。

「――・・・」

お互いぴたりと動きが止まる。息のかかる距離で目を合わせたままぱちぱちと瞬きをする名前に手塚はため息まじりに「鳴っているのは仕事用だな」と言って、仕方なさそうに体を退かした。鳴ったのが仕事用でなければ無視したのにというような口ぶりである。サイドテーブルで震えているのは、名前の仕事用の携帯だったのだ。「出なきゃ...ごめん」名前はまんまと手塚のペースに流されていたことを今更ながら自覚して恥ずかしくなり、しかしちょっぴり残念にも感じながら、シーツを体に巻き付け身を起こして携帯を取った。

「はい、有明です...木戸くん?おはよう。どうしたの?」

手塚は横になったままで、名前の背中に目をやっていた。しなやかで滑らかそうなそこに手を伸ばしたいのは山々だったが、そんなことをすれば非難の目を向けられることは分かっている。「うん...うん」電話相手の何やら焦ったような声が漏れ聞こえてくる時点で手塚は良い予感などしていなかったが、名前が通話しながら振り返って申し訳なさそうに見下ろしてきたので嬉しくない確信をした。

「...うん、分かった。準備したら行くね」

名前は電話を切って、眉を下げた表情で手塚を見た。「やはり呼び出しか」「うん」トラブルが発覚して後輩から助けを求められたのだ。名前は、トラブルが起きたりミスが発覚した場合指導係の先輩に頼るのは当然だというのは分かっていた。今は企画しているイベントの本番前で時間に余裕もないのだから、休日出勤になるのも仕方がないことだ。それに、義務感だけでなく、名前自身が先輩に助けてもらったように自分も後輩を支えてやりたいという気持ちもある。...しかし、何も久しぶりに二人揃って休める日に限ってこんなことが起こらなくても、とどうしても思ってしまうのだった。

「...せっかく週末で二人ともお休みだったのにごめんね」
「気にするな。仕方のないことだ」

名前が起きるのならばベッドにいる理由はないと自分も身を起こした手塚は、自分よりしょんぼりしている名前を励ますようにキスを落とし、昨晩脱ぎ捨てたままの名前の部屋着を拾った。「ほら、シャワーを浴びてこい」「...うん」名前は名残惜しそうに一度手塚を見上げてから、シャワールームへ消えていった。

「――名前、」

化粧も終えて手塚の用意した軽い朝食を食べた後、手塚はふいに口を開いた。名前は慌ただしく携帯やポーチを鞄に放り込みながら「うん?」と振り返る。

「...いや。きちんと後輩のサポートをしてやらなければな」
「?そうだよね。指導係だもん、頑張るよ」

その時は急いでいたこともあってそのまま会話は終わったのだが、名前は会社に着いてからふと、あの時手塚は何を言いかけたのだろうと思った。何かを考えているような手塚の顔が、妙に気になった。


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