PM 9:00



「名字先輩って、彼氏いるんすか?」

いつものバーで行われている新チームとなったプロジェクトチームの親睦会がお開きになった頃になって、後輩は唐突にそう聞いた。先輩から飲まされて相当酔いが回っているらしく、グラスを持つ手は危なっかしい。「...、木戸くん、グラス危ないよ」少し面食らった名前は誤魔化すようにして彼のグラスを取り上げ、テーブルに置いた。

「木戸、タクシー来たぞ」

先輩が声をかけたが――あんまり酔っているので先にタクシーに乗せることになっていたのだ――木戸は先程の問いを誤魔化されるつもりはないらしかった。「どうなんすか、先輩」今は酒の席なので後輩がこういう質問をすることは別に悪くないと思うのだが、こうも真正面から問われると恥ずかしくて名前は「うん...」と困惑気味に頷いた。「そりゃあいますよねえ、名字先輩は優しいし、美人だし、」そんなことを言いながら、彼は一際足元をふらつかせる。

「はいはい、名字には木戸じゃ敵わないくらい途轍もない彼氏がいるから。おら、行くぞ」

言いながら後ろからやってきた先輩に支えられ、木戸は連行されて行った。前からチームにいた先輩達は、一応名前と手塚のことを知っているのだ。「水いるか?」「大丈夫っす...ひっく」「お前...タクシーで吐かねーよな」そんな会話をしながら何とかタクシーに乗り込んでいった彼らを見送っていると、「ふーん?」と言いながら隣に立つ人物がいた。

「名字って、彼氏いるんだ」

昇進してチームを離れた元上司・箕島の代わりにやってきた、新しい上司の高城である。この高城という男が、名前は苦手だった。業務連絡はてきぱきと簡潔で勤務時間内には余計な私語を挟まなかった元上司と反対に、高城は勤務時間内でもお構いなしに声をかけてくるのだ。その上、最初は新しいチームの関係をいち早く築くために積極的に声をかけているのだろうと考えていたが、最近ではあろうことか口説こうとしているような言葉をかけてくるようになっていた。妙に間を持たせるような話し方もあまり好ましくなかった。

「”途轍もない彼氏”ねえ...どんな男?」

名前は心の中でため息をついた。どうしても前の上司と比べてしまうせいなのか、この新しい上司に純粋な尊敬の念を抱くことができずにいる。後輩の質問に答えるんじゃなかったと思いながら曖昧に笑って言葉を濁し、早く帰りたくてさりげなく時計を確認した。

「もしかしてエリート?」

からかうような笑みをしてそんなことを聞くので、今度は思わず呆れたように目を逸らしてしまった。正直、しつこい上に馬鹿な質問だと思った。しかし、この男に口説き文句のような言葉をかけられることには結構なストレスを感じているのでこの際はっきり「恋人がいる」ということを分かってもらっておいた方が良いかもしれない。会社の人間にプライベートなことを話すのは気が乗らないが、勤務時間内にふさわしくない話をされるより余程ましだ。

「そうですね、私には勿体ないくらい途轍もなくて素敵な方ですよ」

それから間髪入れずに「高城さん、タクシーが到着したみたいです。外までお見送りします」と続けて外へ出た。これで何とかなるだろうと思っていたが、甘かった。高城はやはり高城だった。タクシーに乗り込みながら「まあ彼氏がいたとしても、食事に行くくらいなら構わないだろう?」と当然のように言ったのである。名前は思わず呆然としてタクシーを見送った。これまでにない人種だ。やはり、どうにも尊敬できない。


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