ピニャコラーダ ”淡い思い出”



「来週の社内会議の資料なんですが――」
「至急スケジュール確認の電話を――」

今年で25歳になる名字名前は、大学を卒業して入社した会社のプロジェクトチームにて忙しい日々を送っていた。入社1年目からそんな部署に配属され扱かれて、色々な悩みを抱えながら体当たり手探りで挑み続け、今年で3年目になる。目まぐるしいチームで必死にしがみつくようにして着いていくのがやっとだった新人時代もいつの間にか過ぎ、このチームではまだ最年少のひよっこではあるが少しずつ余裕が出てきた頃である。

「箕島さん、確認お願いします」

この会社では上司でも役職ではなくさん付けで呼ぶことになっている。箕島という上司に資料を提出してようやくひと段落ついたところで、名前は遅めの昼食を取ることにした。忙しいこの部署では決められた時刻に昼休憩ができる日の方が少ないかもしれない。その上企画が大詰めになってくるとゆっくり食事をすることもできなくなる。今日も名前はオフィスの自分のデスクでおにぎりを頬張り、その時間を使って、時期的にはかなり先のまだ構想段階にある企画書に目を通した。

「”初恋の思い出”、?」

コンセプトに目を通しているとそんな言葉がふと目にとまった。初恋の思い出。無意識のうちに資料から視線を外して思い出していた。名前の初恋は中学時代で、相手は同級生だった。名前はたしか...なんて、忘れるはずもない。何せ今や世界的な有名人になっているのだから。名前が初めて恋をしたのは、現在プロテニス選手として世界で活躍している、当時同じクラスだった手塚国光だった。しかしそれはただの密やかな片思いで本人に伝えることもなく、見ているだけで満足するような可愛らしいものだった。初恋は実らない。息を潜めるように静かに始まったその恋は、手塚がプロを目指すためにドイツへと旅立った時、また、小さなため息をつくような静けさで終わったのだ。それでも悲しい思い出なんかではなくて、名前の心の中で少しの切なさをともなった淡くほろ苦い思い出として大切にしまわれていた。

「懐かしいな...」

誰にも聞こえないほどの声でぽつりと呟く。少し信じられないような気もするがあれから10年が経ち、大人の仲間入りをした今では大学時代から交際している恋人がいる。時の流れというのは早いものだ。...しかし、名前は最近ふと考え事に耽ることが多くなった。この先、どうなるのだろう。会社に入ってすぐの頃などは仕事を覚えることにいっぱいいっぱいで将来のことを考える暇など微塵もなかったが、少しずつ余裕が出てきたことで、将来への漠然とした不安がうまれてきたのだ。仕事はどうなるのだろう。恋人とは、どうなるのだろう。とは言っても、まだまだ一人前とは程遠いのだが。

「名字、このまま印刷して纏めてくれ」
「、はい!」

思わずぼんやりしてしまっていた。はっと我に返ったが、”初恋の思い出”という文字から目を離すのに少しだけ時間がかかった。


ピニャコラーダ:パインジュースメインのトロピカル・カクテル。スイートかつクールなお味。カクテル言葉は”淡い思い出”。

>>>

back
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -