少し、近付いて |
「わあ・・・!」 電車に乗った時同様、名前は初めての体験に目をきらきらさせてはしゃいだ。広場では柳の予想通りイベントが開催されていて、名前の憧れる夜の夏祭りとは違ったが、それでも屋台が並び楽しげな音楽が鳴り響いているさまはとても心が躍った。どうやら近所の自治会が開催しているイベントのようだったが、通りかかった名前たちも快く歓迎された。 「あれ何だろう?」 「千本引きだな。引いた紐の先に付いている景品が貰える」 「やってみるか?」「うん」あれこれ質問する名前の様子から、聡い柳には名前がこのような場が初めてであることやその理由までもが分かったことだろう。しかし何も聞かずに名前の質問にあれこれ答えてやっているところから、柳の思慮深さが見てとれる。 「いらっしゃい。さあ、選んで」 小銭を渡してたくさんの紐の前に立つ。恐る恐る細い紐をつまむ名前の様子を、柳は普段より幾らか穏やかな表情で見守っていた。「それでいいんだね?さあ、引っ張って引っ張って」するすると大した力もなく引けるので小さなものらしい。「これだ、ほら」手のひらにころんと落とされたのは、ほんのり淡い色のガラス玉の根付だった。華奢なデザインで、これならどこかに付けて使えそうだ。「かわいい」思わず小さく顔を綻ばせた名前に、柳も「よかったな」と微笑ましそうである――と、そんな二人を見ていた係の男性が「それは近所のガラス工房で作られたんだ。気に入ったならもう一つおまけしちゃおうかな」と箱の中をごそごそ漁る。そして「ほら」と色違いのものを差しだされたのは、柳の方だった。男性はにんまりと笑う。 「お似合いのカップルだからね、お揃いの方がいいだろ?」 名前の顔がみるみる赤くなったのは言うまでもなかった。 「宇佐見」 「ありがとう」 ベンチで待っていた名前に飲み物を渡すと、柳も隣に座った。賑わう広場を眺めながら一口飲む。「あのね」名前の声に、柳は何も言わずに聞く姿勢を作ってくれた。いつかもこうして柳が急かさず待ってくれたことで、自然と話せるようになったのだったと思い出す。 「今日はありがとう。ここにも、連れて来てくれて」 「俺がそうしたかっただけだ。気にするな」 「私、こういう所初めてで――すごく楽しかった」 そうか、と短い相槌でも、柳の声は優しかった。 「この歳で初めてなんて変だけどね」 「そんなことはない。新鮮な反応は見ていて微笑ましかった」 「ちょ、ちょっとはしゃぎ過ぎたかな」 「それも新鮮だったな。いいデータを取らせてもらった」 「もう」名前は少し恥ずかしくなったのを誤魔化すようにして「そうだ、これ携帯に付けようかな」と先ほど貰ったガラス玉を取り出し、携帯に付けた。「どうかな」「悪くない。派手すぎないので丁度良いな」携帯を持ちあげ太陽の光に透かしてみると、ガラス玉はきらきらと綺麗に光を通した。控えめだが顔を綻ばせて嬉しそうにしている名前を柳はしばらく無言で見ていたが、ふとおまけでもらったものを取り出す。 「では、俺も携帯に付けるとしよう」 「え?」 きょとんとした名前が視線を下ろすと、柳の携帯の先でガラス玉が揺れていた。もう一度自分の携帯に視線を戻す。色違いのガラス玉が揺れている。 ――”お似合いのカップルだからね、お揃いの方がいいだろ?” 先程の男性の声が蘇った。そして、もしかしてこれはデートなのだろうか、という考えが頭をよぎった。しかし直ぐに、今日こうして出かけているのは演劇の勉強のためで、しかも栞乃が半ば強引に柳に頼んだようなものだと思い直す――でも、舞台が終わって、今こうして二人でベンチに座っているのは? 「・・・柳くんのも、綺麗だね、」 二人の距離は少し前に並んで帰った時より、近付いていた。 >>> back |