その前にリョーマ君と委員会



「名前先輩」
「あ、リョーマ君」

名前は図書委員会に所属している。図書室のカウンターで本の貸出手続き作業をすることが主な仕事で、委員で二人組になって月に数回ほど当番がまわされるのだが、名前のペアは一年の越前リョーマだった。生意気で素っ気ない彼だが、名前に何かと構っている――構われようとしているとも言う――ところを見るに、それなりに懐いているようだった。名前も何かとリョーマを気にかけるので優しいお姉さん的立ち位置ではあるのだが、世話を焼くことよりもむしろリョーマの良きからかい相手になっている時の方が多いのは名前の気のせいではない。ぽやんとしているせいである。ちなみにリョーマが内心でめっちゃ欲しいと思っている手塚のストラップを作ったのは名前なのだが、当然ながら知る由もない。

「部活は大丈夫なの?」
「今日はミーティングだけなんで大丈夫っス」

「むしろミーティング出なくて済んでラッキーだったし」「そんなこと言っていいのかなあ」名前は嗜めるような目をして笑った。今日は放課後の当番なので部活に支障が出るのではと心配したのだが、余計なお世話だったようだ。

「名前先輩、鍵閉めるよ」
「あ、待って、焼却炉に運ばないといけないものがあるの」

図書室が閉まる時間になり、当番を終えたリョーマは帰り支度をすると名前の鞄も持ってさっさと入口へ向かう。窓の施錠を確認していた名前は、カウンターの内側スペースを占領している廃棄物の山を指差した。「うげ...」リョーマはあからさまに面倒そうな顔をしながらも、名前より多めに荷物を持った。何だかんだ優しい少年である。「大丈夫?」「平気、鍛えてるから」「頼もしいんだね」ふわりと笑った名前に「っ、」と照れたらしいリョーマは何も言わずに目を逸らした。傍から見れば姉弟だ。

「ふう。ちょっと休憩しよ」
「俺より軽いのもってたくせにへばってるし...体力なさ過ぎ」

ベンチに腰をおろして休憩する名前にリョーマは「まだまだだね」とため息をつく。「たくさん持ってくれてありがとね、助かったよ」「じゃあジュース買ってくれない?」名前といると甘えっ子になるらしい。というか、年下の男の子的魅力を最大限に発揮して母性本能をくすぐり、自分を可愛がらせる術を分かりきっているようだ。現に今、名前は「仕方ないなあ」とと立ち上がり、まんまと自販機に小銭を入れてしまっている。リョーマが小悪魔過ぎるのか、名前がチョロ過ぎるのか。恐らくどっちもである。

「どれがいいの?」

そんな、お姉ちゃんが弟にジュースを買ってあげている――買わされているとも言う――ような微笑ましい光景を目撃した人物がいた。ミーティングを終えて自主練習をした後、飲み物を買おうとここへやって来た手塚国光である。こちらへ背を向けている二人に気付いた手塚は立ち止まり、ぱちりとひとつ瞬きをした。しかしとある事情により名前とリョーマが図書委員の同じ当番であることは知っていたので、何故あの二人が知り合いなのかと疑問に思うことはない。あるのは、名前に優しい笑みを向けられているリョーマに対する嫉妬。ちり、と心臓が焼け付くような感覚を覚えて、手塚は僅かに目を細めた。二人は何を話しているのだろう。悪いとは思ったが、声をかけずに動向を見た。

「これがいいっス」
「ポンタはお昼にも飲んでるの見かけたから駄目だよ」
「えー」
「えーじゃない。ポンタは一日一本までってこの前約束したでしょう」
「ちぇっ、じゃあこれにする」

「.........」何と言うか、手塚は非常に複雑な気分になった。あの越前が、あの生意気で人を食ったような態度ばかりの一年ルーキーが、年上の女の先輩に目一杯甘えている。あざとい。手塚は衝撃を受けると同時に、名前に甘やかされたり体のことを考えて嗜められたりと可愛がられている彼が羨ましいとも思ってしまっている自分に気が付いてますます何とも言えない気持ちになった。しかし致し方ない。あの気にかけられ方は正直妬ける。

「名字、越前。まだ残っていたのか」

越前が先に振り返り「...っス」と彼流の挨拶をした。自分もジュースを買っていたために出遅れた名前も続いて振り返り、「あ、手塚君」とぱちぱち瞬きをする。

「手塚部長と名前先輩って知り合いなんスか?」
「同じクラスだ」

リョーマは「へえ」と言いながらジュースを飲み、「名前先輩、そっちも飲まして」と手塚の前であることも気にせず甘えっ子を炸裂する。彼の年上女性キラーな行動はもしかすると無意識なのかもしれない。他の生徒がいるがやがやとした教室などで話すことが多かったので、こうして静かな放課後に手塚と会うのが少し気恥ずかしく感じた名前としてはリョーマのその行動が有難かったのだが、手塚としては当然面白くない。「うん」と当たり前のように差し出す名前から感じられるリョーマに心を開いている雰囲気も、リョーマが迷いなく名前の飲みかけのジュースに口を付けたことも気に入らなかった。片思いの相手と部活の後輩を前にして、手塚がそれを表に出すことは決してないが。

「ねえ、三人で帰ろうよ」

手塚が名前に想いを寄せていることなど露も知らないリョーマが、彼らを二人きりにしようと気遣うことはなかった。知っていたとしてもしなかっただろうことは予想できるけれど。というか、リョーマは名前だけでなく、何だかんだ手塚にも懐いているのである。

back
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -