進展した帰り道



そんなわけで三人で帰っている。ちなみにリョーマが真ん中だ。まさかこんな展開になるなど夢にも思っていなかった名前はドギマギしつつ道端の側溝を見つめながら歩いていた。

「そうだ、ねえ手塚部長」
「何だ」
「そのストラップ誰に貰ったんスか」
「っげほ、!」

ジュースを飲みながら二人の会話を聞いていた名前は唐突にむせてしまった。「大丈夫か」「名前先輩?どうしたんスか?」「ご、ごめ...っ、けほっ」苦しいのと恥ずかしいのとで涙目になる。まさか例のストラップの話が彼の口から出るとは思いもしなかったのだ。誰に貰ったかって私じゃん...と思って手塚を見ると、眉を寄せて困っているようだった。

「何故貰ったものだと知っているんだ」
「不二先輩に聞いたから」

「不二...」手塚は表情を変えないまま目を細めて、今この場にいない不二に向けて小さくため息をついた。

「で、誰に貰ったんスか?」
「別に誰でも良いだろう」
「教えてください」
「越前には関係のないことだ」
「ケチ」
「.........」

リョーマの言葉にたじたじだった手塚が「何故そこまで知りたがる」と聞くと、今度はリョーマが帽子のつばで顔を隠す番だった。「......っス」ぽそっと何かを呟く。「何だ?聞こえないぞ」同じく聞き取れなかった名前がリョーマの顔を覗きこんでみると、心なしか赤い顔で、「俺も欲しいから!」と半ばヤケになって言った。「え...?」「......」手塚と名前はきょとんとした顔で目を合わせる。それから名前の方はふっとふき出して、手塚は少し呆れたような仕方ないというような顔でため息をついた。

「ふっ、リョーマ君、作ってあげよっか」
「え?」
「あー...これ作ったの、私なんだ」
「え...」

目をまん丸にしたリョーマに事の次第を説明する。手塚が欲しいと言ったことや告白の件は勿論伏せておいたけれど。「なーんだ、そうだったんだ」リョーマはあくまでストラップに興味があるらしく”何故テニスバッグに付けているのか”といったことは聞いてこなかった。まだまだ可愛い中学一年生である。リョーマにも作ってあげる約束をすると、手塚は少々複雑そうに眉を寄せていた。

と、そんな遣り取りに気を取られていた名前は、気付いていなかった。

「それじゃお疲れさまっス」

リョーマの方が先に別れるということに。「ではな、越前」「またね、リョーマ君...」二人きりになってしまった。「名字、家はどの辺なんだ」「えっと...第一小学校の近くだよ」「そうか。意外と近いな」「そ、なんだ」それからはしばらく、何とも言えない沈黙の中で歩き続けた。手塚の方から一定のリズムで聞こえてくるテニスバッグの中のラケットがぶつかる音に妙に緊張してしまう。リョーマがいた時と然程変わらない距離を保ちながら、意味もなく店の看板を目でなぞったり、街路樹を見上げたりした。青い木々に、名前はもうじき夏がくるなあとぼんやり考えた。

「...名字、」
「うん...?」

公園で戯れる小学生から目を離した名前が手塚の方を見上げると、隣の手塚は真っすぐに前を向いたままだった。その横顔から何となく、何となく目が離せなくなって、子どもたちの楽しげな声が遠くなった。「名字に告白した時、俺が言ったことを覚えているか?」「っ、」すぐ近くで手塚の低い声が聞こえることで隣に並んでいることを実感し、さらに言葉の内容も相俟って名前の頬はじわりと熱くなり、はっと目を逸らして俯いた。

「俺のことをよく知ってもらうことにしようと話したはずだ」
「、ん」

思うように言葉が出てこずに、こくんと頷く。「だがこの間名字にストラップの礼をしようと考えた時、名字がどんなものを好むのかを知らないことに気付いた」「うん...?」何の話だろう。そう思って再び手塚を見上げた名前は、しまった、と思う。手塚が真っすぐに名前を見下ろしていたのだ。逆光ではあったけれど、手塚の射抜くような真摯な目はしっかりと名前に突き刺さった。

「だから俺のことを知ってもらうだけではなくて、俺も名字のことをもっとよく知りたい」
「――っ、」

少女漫画によくあるけど、夕陽って本当に赤い顔を隠せるのかな。名前はぼんやりそう思った。そして手塚が駄目押しとばかりに「駄目か?」と首を傾げてみせるので、名前が思わず胸をきつくさせたのは無理もないことだった。「て、手塚君...」これほどまでに真っすぐ想いをぶつけられるのは初めてだった。手塚の目が、声が、その全身が名前を好きだと言っているように感じられて、初めて体を包む感覚に名前はどうしたら良いのか分からなかった。

「あの、さ...手塚君は何で、私を...?」

いつか友達にそそのかされたことを、本人に聞いてみた。が、直後「好きになったのか、と聞きたいのか?」と言われるととんでもなく恥ずかしくなって、「ごめん、やっぱり何でもない!それじゃ私、こっちだから、」と口走ってくるりとスカートを翻した。

「待て」

手塚は咄嗟に名前の手首を掴んで引き留める。「っ、すまない」すぐに手は離れたが、「答えよう。それと、家まで送らせてもらえないだろうか」ここで別れるつもりはさらさらないらしかった。意外と強引な一面もあることを、名前は初めて知った。

「名字は、図書委員だろう」
「?」

再び歩きはじめて少し経ってから、手塚は少しずつ話し始めた。つまり、最初は図書室に来て越前を見かける度にきちんと仕事をしているか見ていたのが、気付けば名前の方を目で追うようになってしまっていたらしい。見られていたなんて知らなかった。今日はもういろいろとキャパオーバーで、名前はもはやふわふわした気持ちで手塚の言葉を聞いていたのだが、自分が今ただ恥ずかしいばかりではないことに気が付いた。何とも言えない、くすぐったくなるような感覚がしていた。この感覚には慣れそうにないし、名前にはまだまだ未知なる世界だが、好きと言われて嬉しくないはずがないのだ。打ち明けるのは勇気が要ることだろう。さらけ出すのは不安もあることだろう。それでも、手塚は誤魔化すことなく真っすぐに名前に伝えてくれたのだ。

「私の家、ここなの」

ちょっとした庭園のように花の咲き乱れる庭のある一軒家の前で、名前は立ち止まる。手塚も合わせて立ち止まった。

「そうか。では、また明日――」
「手塚君」

少し首を傾げた手塚を、名前は出来るだけ真っすぐ見上げた。眼鏡の奥の視線とかち合うと少し目が揺らいでしまったけれど、それでも頑張って目を見た。

「...ありがとう」
「ああ。俺が送らせてくれと言ったんだ」
「送ってくれたこともだけど、」

それは、勇気が要ることだった。すうっと、息を吸い込む。

「好きって言ってくれて、ありがとう...手塚君のこと、おしえてね」
「っ、」

いきなりすんなり出来るはずもなくて、いっぱいいっぱいで、名前はその後目を合わせることもできないまま門を開けて家に入った。だから、夕陽に溶け込む手塚がほんのり赤くなっていたことに気付くことはなかった。

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