実写/メガトロン | ナノ
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きみとなつまつり

『─もう準備はできたのか?』

受話口から聞こえるのは、とても低い、従わずにはいられないような、不思議な力のある声。メガトロンだ。

「あ、はい、どこに行けばいいですか?」

からん、とシューボックスから出したのは、鼻緒に柔らかな花がふたつついた黒い下駄。
電話を片手に、ペディキュアを塗った足を慎重に庇いながら片手で差し入れる。浴衣を久しぶりに着たのだ。

『──近くに来ている』
「え」

答えようとしたとき、ものすごいけたたましい音がベランダの方で聞こえている事に気がついた。

『──こちらへまわれ』
「あのー…」

バルバルバルバルバルという凄まじい音がする。
………いやいやこれはVIPすぎるだろう、たかが夏祭りなのに、迎えが、
ブラックアウトなんて。


盛大に突っ込んでも、きっと大帝は今なら怒らないはず。
日常では見られない光景だ。


「お迎え、ヘリですか────!?」


──きみとなつまつり・特別編──
"Cinderella"



『当たり前だ、スタースクリームだと乗せられん。こいつが一番だ』

ヒューマノイドモードの大帝は、ベランダでノアを抱き上げてブラックアウトに乗せた後、平然とそう答えた。
アッシュグレイの絣の浴衣は隆々とした胸板がのぞいているが、暗がりでよく見えない。銀色の髪が夜の闇に揺れて、ただまっすぐ地平線を見つめているその横顔は、ブラックアウトの騒々しい音も遠のいて聞こえるほどに妖しい美しさを持っている。
ん、と視線に気づいたメガトロンが、ノアの髪を摘む。


『乱れておるぞ』
「そりゃこんな風圧じゃせっかくのアップも台無しになりますよね!!」


一時間くらいかけてゆるくアップにした髪は、メガトロンから抱き上げられたときにブラックアウトの風圧でだいぶ乱れたのだ。約束は、夏祭り、ではなかったか。メガトロンも浴衣は着ているのだから、その約束は忘れていないのだろうけれど、お祭りに行くのにわざわざ…
というか、隣町の夏祭りの約束だったはずだ。二人きりでいく約束をしていた。来てくれるかもわからなかったけれど、勇気を出して誘ったのだ。

お祭りに行きたいです!!
メガトロン様と、一緒に!!

かなりストレートな告白を、かなりあっさりと大帝は承諾してくれた。

いいな、行くか、と。

なのに、
なんで眼下に
海?


「あ、あの…」
『なんだ』
「海にいますよね、いま」
『……』
「えっと…お祭りは隣ま…」
『まあ見ておれ』


ビビ、とブラックアウトの計器が反応する。

『メガトロン様、サウンドウェーブから通信が入っています、繋ぎますか?』
『ああ』

電子音の後、通信が始まる。

『─サウンドウェーブよりメガトロン様へ、準備が整いました』
『よし』

ノアはわけがわからない。ただ穏やかに頷いた隣の大帝と、パイロットのいない操縦席を交互に混乱して見ていたら、さらに通信が入る。

『──メガトロン様』
『──通過ポイント確認!!許可ヲ!許可ヲ!』

ブロウルと、フレンジーの、声。

『よし、やれ』

メガトロンがそれにもう一度頷く。
それから、ノアを見た。赤くて鮮やかな瞳が妖しく揺れて、訳も分からないまま、ノアは首を傾げながら、自分の心臓の音をきいている。

「あ、あの…」
『ショータイムだ、ノアよ』

メガトロンと見つめ合っていたら、
ドォォォン!!!!という爆音が背後で響いた。
ブラックアウトの窓から覗いた先にあったのは、
──大輪の、
光の花。


「───……、」

思わず息をのむ。

『旋回します』

短いブラックアウトの声で、機体が傾いた。
打ち上げ花火をこんな近くで見たのは、生まれて初めてだ。

「───………、」
『今日の為に用意した。政府の許可は、…取っていないが』

そんな事は俺には関係ない、耳元でそう囁かれる、低い声は背後でする。背中にメガトロンを感じる。

「こ、こんなお祭り、は、初めてです──、」

振り返ってお礼を言おうとしたら、

『いや、まだ楽しみはこれからだ。無人島を貸し切った』

は?
無人島?

『コンストラクティコンがデバステーターに合体して設計した素晴らしい仕上がりだ。山を削った』

なにが?

「な、何があるんですか?」

困惑したノアに、メガトロンは苛々したように眉をしかめた。

『……祭り会場に決まっているだろうこの愚か者めが』
「………」
『………なんだ』
「…………」

発想のスケールで完敗である。
見知らぬ島、白い砂浜は夜の闇で銀色に光っていて、ブラックアウトは滑らかに降下したが、メガトロンは何を思ったのかタラップは必要ないと言って、ノアを抱きかかえた。

「!!」
『降りるぞ』

ぶわっとジャンプして降りた、浴衣姿でノアを抱っこしたメガトロンは、かなりかなり安全に着地した。
ブラックアウトが遠のいていく。

「あの、もうわけがわからないんですけ…」
『さて、ノア』

抱っこしたまま、赤い目をこちらに向けたメガトロンは、穏やかに笑みを洩らした。

『行くか、用意してやったぞ、お前が行きたかった、"祭り"とやらを』


──焼き鳥とか、お好み焼きとか、クレープとか、飴とか、そんな甘いしょっぱい香ばしい匂いがあたたかく充満する、そんなディセプティコン製のお祭り会場は、たくさんの人で賑わっている。子供たち、恋人、おじいさん、おばあさん。活気あるおじさんの声もする。

「たくさん人がいますね!!」
『雰囲気は大事であるからな。皆サウンドウェーブが作ったホログラムだ』
「うそーーーーー!?」


メガトロンが、ノアを降ろす。からんと、下駄が鳴った。

ふしぶしがごつごつした、メガトロンの大きな手が、ノアの手を包む。

しばらく歩くと、ウッドベージュの髪を束ねた、ボーンクラッシャーが、綿飴を作っていた。

『どうぞ』

ふわふわしたそれを受け取る。

「ありがとう、ボーンクラッシャー!」
『閣下の命令とあらば』

傷跡だらけのその笑顔に、ノアも思わず笑顔を返した。

『あ、ノア、メガトロン様、』
「え?」
『?』
『この通りをまっすぐ行ったたこ焼き屋は、ちょっと面白いかもしれないですよ』

メガトロンがノアの手をゆっくり引っ張って、そちらへ歩いた。サウンドウェーブが作った人々のホログラムはリアルで、ぶつかりそうになったら思わず避けてしまう。実体がないものだと、わかっているのに。
通りの先でたこ焼きを焼いていたのは、スタースクリームだった。タトゥーだらけの腕を捲り、ちみちみと返されるたこ焼きはあまり、

『美味そうに見えんな』
『…仕方ないでしょうメガトロン様、たこ焼きを作るのなんて初めてなんですから』

不機嫌そうなスタースクリームに、ありがとう、と言うと、その赤い目はフン、と反らされてしまった。すたすた歩き出したメガトロンを追いかける前に、スタースクリームから、腕を掴まれる。

「えっ」
『…いつか必ず、貴様を奪ってみせるぞ、ノア』

ふりほどかれて、少し距離ができたメガトロンが、振り返る。

『何をしてる、行くぞ』

は、はい、と駆け寄る前にちらりと見たスタースクリームは、にやりと笑っていた。…どこまで本気なのやら。
スタースクリームの腕の感触が残るまま、たどり着いたのは、

「バリケード!?」
『…………どうぞ、やりたいならやっていってください』
『金魚すくいか、いいな。どれ、やってみせろ』

投げやりなバリケードは、やはり心なしか苛々しているようだ。メガトロン様、無理やり命令したんじゃ…

「な、なんかごめんね、バリケード」

まさか夏祭りに行きたいとメガトロンに言うだけで、こんなにおおごとになるとは思わなかったのだ。

『…閣下のご命令とあらば』

バリケードは、煙草をくわえたまま、はー…、とため息をついた。

『ノア、俺はこの黒い出目金がいい』
「あ、はい、とりますね!!!」

けれど、ノアが何度も掬おうとしても、紙は破れるばかりだ。
ちょろちょろとした金魚を、しつこく追いかける。

『……バリケード、』
『はい、了解しましたメガトロン様。"サービスしとくぜ、お客さん"』

ビニールの袋が水でふくらみ、そこにさっきの出目金が入れられる。
ノアの目が輝く。

「わああああ!!あ、ありがとう!!!!」

喜ぶノアを見て、バリケードは仕方なく微笑んだ。

『この先はどうなっておるのだ』
『あの角から海の方へ突っ切ると観覧車、通りを挟んで最奥がランページの"女王様のお部屋"、それから…、ああ、デモリッシャーとサイドウェイズが多分りんご飴を作ってます。観覧車の手前でミックスマスターがミックスジュースを』
『…………』
「あ、私ミックスジュース飲みたいです!!」

目を輝かせるノアに、メガトロンは微笑んだ。確かに喉が渇いた。

『では観覧車に行くか』

こくこく、と嬉しそうに頷いて去っていくノア達を、バリケードはしょうがねえなあと思いながら眺めていたが、その幸せそうな後ろ姿を見ると、まあ、やってよかったなあと思う。
煙草をくわえなおした。

『──バリケードよりミックスマスターへ、今から閣下とノアがそっちへ向かうぞ。美味いのを飲ませてやれ』

サイドウェイズとデモリッシャーに金魚を見せびらかして、そのあと観覧車へ向かった。
さすがコンストラクティコンの仕事っぷりというか、もうこれは一種の遊園地に近い。

『お待ちしてましたよお二方!!』

ロングハウルが出迎えてくれた。その横でミックスマスターが身を乗り出した。

『ノア、何を飲みたい?何でも作るぜ』
「じゃあ…ミックスマスタースペシャル」
『よしきた』

ストローから吸い込むと、たくさんの果物の香りと、果実の甘酸っぱさが口いっぱいに広がって、シャリシャリとしたシャーベット部分が溶けていく。
メガトロンのところへ戻ると、まるでテーマパークのスタッフのような優しいロングハウルの案内に、ノアは思わず笑った。ディセプティコンなのに何でみんな今日はこんなに優しいんだろう。
足場に気をつけて、観覧車に乗り込む。
たくさんいろいろ嬉しいことがありすぎて、ノアは窓から景色を眺めながら、はあ、と幸せのため息をついた。
それから、またシャーベットのミックスジュースをストローで啜る。

「ありがとうございます、本当に夢みたいな時間を…」

まっすぐに見てくる赤い瞳が、銀色の髪の間でゆれる。

『お前が楽しめたのなら、それでいい』

ああ、幸せ。

『だが、今日は島から帰さんぞ』
「──え?」
『もちろんホテルも作ってある』
「────え!?」
『ヒルトンなんて目ではないほどの出来だ』
「…………」

ま、まさかこれは…

向かい合って座るメガトロンが、ノアを引き寄せた。それから満足げにその唇を指で撫でた。

『…お前をここまで楽しませることができるのは俺だけだろう?』

近い、近すぎて心臓止まりそうですメガトロン様!

『お前を奪うのは俺だけだ』
「あ、あの、」

唇を見つめてくる、赤い瞳が怖いような、優しいような、そんな胸がざわざわする感覚。

「メガト…」
『お前は、俺だけに飼い慣らされていればよいのだ、ノア』

奪われる唇は夏のフルーツの香りを混ぜ合わせて、あまく、あまく溶けた。


それなら
一生鎖につながれて
あなたに
飼い慣らされていたい
だって
こんな素敵な こんな全てで
可愛がってくれる 主なんて
世界中どこを探しても
いないと思うから

2009/07/31
"最大級の罠に 今夜嵌る"