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■□熱の行き先は

「…ろう?」

口を開けて喉を見せる。どう?と聞いたつもりが、ろう、になる。喉を覗き込むラチェットは、真剣で無表情だった。

『ああ、お察しの通り。どうやらウィルス性の発熱のようだな。安静にせず放っておけば、まず気管支が炎症を起こし肺にまで影響する可能性がある。この一週間働き詰めだったから無理もないさ。ゆっくり休んだ方がいい』


少し荒々しくなった自分の息に気づいて、俯いた。

「ありがとうラチェット、大丈夫だから」
『人間の体というのは、やはり想像以上に脆いものだな。今日はもう部屋から出ない方がいい。その症状は乾燥が大敵のようだからこの部屋は最適な湿度に整えておこう』
「あ、ありがとう…、今日はメンテナンスの手伝いが出来なくてごめんね…」

気にすることはないさ、と笑いながら部屋の出口に歩き出したラチェットは、ドアのボタンを押そうとして振り返り、やはり心配だといいたげな眼差しでこちらを見る。

「あ、みんなには言わなくていいからね!こんな軽い風邪ごとき、明日には治っちゃうと思うから」

そう言って手を振ると、淡くて青い瞳がわずかに安堵したように見え、やっとドアのボタンが押された。

『何かあれば呼びなさい。明日の朝また検査するからよろしく』

その言葉と同時にスライドドアが開きラチェットは部屋から出て行った。
彼らのリペアをするようになってから、この基地に住み込んで働いているけれど、まさか自分が風邪ごときで倒れてしまうとは思わなくてとても恥ずかしかった。
ベッドからギリギリ届くテーブルに手を伸ばし、ラチェットが作ってくれた薬を取る。口に含み、ペットボトルの水を3口飲み、また横になった。
熱くて、寒い。
このゾクゾクとする気持ち悪さは何にもたとえようがない。寝返りを打つのも億劫なほど深刻だったので、もう今日は動くのを諦めて、瞳を閉じた。

「………」

なんでいつも具合悪い時って、心細くなるんだろ。不思議。
死ぬ訳じゃないのに。

そして一番大切なひとに会いたくなる。

あ、ちょっと涙出てきた…なんで涙腺まで弱くなるんだろ。

また双方が派手なドンパチをやらかしてからリペアに追われ、この一週間ろくに寝ていなかった。…彼とも話をしてない。

「…司令官…」

呟いてハッと我に返り、どんどん熱が上がっていくのを感じる。

「私バカだ!」

独り言に絶望し、また独り言を発したことに気づき、もうどうしようもなく恥ずかしくなった。

ラチェットの薬が効いてきたのか、鼻の通りが良くなってウトウトし始めた時、部屋の出入り口でドアのボタンを押す電子音が聞こえた。
シュンッと勢いよくスライドドアが開くと、ぼんやりと赤い装甲が見えた。

『レイン、プロールが負傷してしまった。リペアをお願いできないだろうか』

ズンズンと大きな音を立てこちらに歩いてきたのは、紛れもなくさっきつぶやいたその人だった。

「司令官!!」

ビックリして声が裏返る。

『どうした、頼む』
「あっ、ハイ!すみませんウトウトしちゃって…」
『まだ就寝まで時間はあるはずだ、君らしくもない』
「すみません…」
『ラチェットは今手いっぱいでな、私が代わりに呼びに来たのだ。どこを探してもいないので出かけているのかと思ってしまった』

そう言いながら出口に歩き出す司令官の後ろを、フラフラしながらついていく。

リペアルームでは、右肩に焼け焦げてえぐられたような跡のあるプロールがぐったりとして横たわっていた。

「…ひどい傷だね、大丈夫プロール?話せる?」

息切れしながらプロールに聞く。…私が大丈夫か?

『あ、ああ…レインか、なんとか…』

ぐったりしたプロールをできるだけ動かさないように肩を固定し、リペア器具をのせたキャスター付きのラックを自分に引き寄せて、パーセプターが作ってくれた私専用の作業用メガネを装着した。
間違えばプロールの傷は治らない。確実に順番通りに器具をあてがい、治療を施す。コツを掴めば早いものだ。
30分ほどで元のなめらかな表面に戻し、錆を引き起こす金属細胞の化膿を防ぐための、専用のオイルを伸ばした。

「どう?動くかな?」
『おお、少しまだしびれは残るが、何のこれしき、もう大丈夫のようだ。ありがとうレイン、君は天才だよ』

プロールが笑った。

「いえいえ、何のこれしき。命の恩人ですもの」

かしこまってお辞儀をした私にプロールは、はっはっ、と軽く笑い、それを見て私も自然と笑顔になる。リペアを一部始終見ていた司令官も、微笑んでるのが横目に入ってきた。

……で…も…もう、…限界か…も…

力が入らなくなって、私の意識は遠のいた。








──ゆっくりと意識が浮かび上がり、気がつくとそこは自分の部屋だった。
辺りは暗く、一体何時間寝てたのか、もしくは何日寝てたのか、今いつなのか分からずにぼんやりした頭を回転させる。
あ、私風邪ひいたんだ─…
そう思い出してハッとする。
…プロール!
彼の治療は全部終わらせたっけ!?
…だめだ…治療に取りかかったのは覚えてるけど…それからきちんと終わらせたか思い出せない。

「はぁ…」

ため息をついて右手で頭を抱えようとするも、思ったように右手が動かなかった。あれ?と思い目線をそちらに向けると、スリープモードのままベッドの脇で座った司令官が、私の手を大切そうに(おっと失礼、これは私の主観でした)握っていた。


「…………」

ぼんやりしていて、理解するのに時間がかかる。


「!!」


どうしよう!
どうしようもないけど
どうしよう!
声にならない声が洩れる。
…落ち着こう、とりあえず。
そう自分に言い聞かせて、司令官を見つめてみる。あんまりこんなに堂々と見られる時、ないし…
そう思って、やっぱり私おかしいのかもと思いながらも恐る恐る見つめてみる。耳を凝らすと、規則正しく流れる電子音。これが彼らを支えるいわば「血液」のようなものだ。
ああ、彼は生きている。
姿形は違うけれど、私たちと同じように感情を持ち、毎日を生きている。そんなもう当たり前のことを実感する。
そして、気づかされる。
私はやっぱり司令官が好きなんだってことを。
いまだに状況に慣れず、どうしていいか分からずに混乱し(つつ、手はちゃっかり握られたままをキープし)ていたら、私の脳内大騒ぎに気づいたのか、スリープモードを解除した司令官がパッと青い目を見開きこちらを向いた。

『レイン!!大丈夫か!?』

いつもより大きな声で司令官が叫んだので、かなりビックリしつつ、

「あっ、ハイ、え、あの、おはようございます司令官」

いつも通りの私のしどろもどろの挨拶に安心したのか、いつもの穏やかで低い声音で、

『…良かった…』

と少し安心したように頷いた。
その穏やかな表情と声が、苦しくなるほど優しかった。

『すまない』

短く放ったその言葉の意味が理解できず、微笑みながら首を傾げると、司令官が続けた。

『ラチェットから君の体調のことを聞いていなかった』
「え?…あ、あぁ風邪のことですか?すみません…」
『いや、謝らなければならないのは私の方だ。なにも知らずに君の顔色も見ずに、強引にプロールの所へ連れて行ってしまった。おかげで限界がきた君は気を失ってしまい、私がここへ運んだのが5時間ほど前だ』

時計を見ると、真夜中の2時を回ったところだった。それと同時に、基地が静かなことに気づいた。
5時間もずっと一緒にいてくれたの?司令官…

「私が行きたくて行ったんです!平気だったのでプロールを治したくて行ったんです。それしかできませんし…」
『……普段真面目な君が、あんな時間に寝ていたのも不自然だと思いながら、仕事を怠っているのかと疑ってしまい本当にすまなかったと思っている』

申し訳なさそうに頭を下げる彼に泣きそうになる。

「すみません、大変な時に体調崩してしまって…私、ラチェットに口止めしたんです。皆が気を使わなくていいようにと思って…でも最後まで全うできずに…ご迷惑をおかけしました…プロールが心配です…」

そう言うと、何を思ったのか司令官は高らかに笑い出した。

『はっはっはっ、君は私に負けず劣らず真面目だなぁ』

色々ツッコミどころ満載なその言葉にきょとんとしていると司令官が続けた。

『プロールは完璧にリペアしていた。あんなに朦朧としながらも君は的確に30分足らずで治療を終わらせた。ラチェットが驚いていたよ』

ほっとして胸をなで下ろす。

「良かった…」
『よほどプロールを大切に思っているのだな』
「え?」

一瞬言われた意味が分からなかった。心なしか、司令官の視線が鋭いものになった気がした。

『では、ゆっくり休みたまえ。明日ラチェットにまた病状を確認してもらうといいだろう』

さっきの言葉をまだ完璧に理解できないまま、そう言って立ち上がった司令官はもう顔を合わすことなく私に背を向け、部屋の出入り口に向かって歩き出した。

プロールの事を好きだと思われたのかな
どうしよう
行っちゃう
司令官が…
私はベッドから抜け出て、部屋を出ようとする司令官を裸足で追いかけて足元を掴んだ。

もう、自分が何をやってるのか分からなかった。
それに気づいて振り返った司令官が穏やかに話しかけてくる。

『どうした』
「……で…さい…」

聴覚センサーを上げ下げして聞き取ろうとしてくれる司令官が、私の目線の高さに合わせてしゃがみこむ。

そんな行動のひとつひとつが、私と彼が違う生き物だということを実感させ、私の想いと虚しさを増幅させる。涙がとめどなく流れるのは熱のせいか。

「行かないでください…」
『……レイン?』
「…司令官…行かないで…」

一度堰を切ってしまえば言葉はひとりでに出てくる。

「…大切な仲間はたくさんいます、でもあなたは…あなたはかけがえのない」

…私のすべて…

そこまで言いたかったけれど、言えなかった。なんとも言えない沈黙が部屋を包む。野蛮で幼く、短い寿命、すべてが劣等な小さな生き物から好きと言われても困るだけだ、と以前からずっと心に溜め込んだ気持ちを、頭の中で何度も繰り返す。言っても無理だし、意味もない。永遠に続くような長い沈黙の中、この場から逃げ出したい衝動に駆られる。とうとう言ってしまった。
後戻りが出来ないのと、気持ちがいっぱいになったので頭の中がぐちゃぐちゃになった。涙もたくさん出る。

長い沈黙を破ったのは司令官の方だった。

『……私にいい考えがある』

…は?
こんな時に?
それってどういうタイミング?
ドキドキしながらもぽかんと口を開けた私を、突然つかみ手に乗せると、振り返りベッドに向かって歩き出す。

ベッドに私を座らせ、少し離れて彼は私を見つめる。

『ホイルジャックとパーセプターが新しく作ってくれた機能を試すときだな』

そう言うと、彼は体の中心にある青い光を見つめだした。

トランスフォームする時の電子音が鳴り響く。

青い光が司令官全体を包み、私はわけがわからず眩しさのあまり目を閉じた。瞼の裏の淡い光がなくなるころ、ようやく目を開けた私は自分の目を疑った。
さっきまで司令官が立っていた場所に、一人の男性が立っていた。

ま…
まさか…こんな事が…
彼はどんどんこちらに向かって歩いてくる。

「…しれいかん…?」

今、私の顔はどのくらい間抜けなアホ面になってるんだろう。

『…驚いただろう?』

…いや驚くよ普通!
今までガッシャンガッシャン歩いてたデッカいロボットが、急に人間みたいになったら誰でも驚くよ!
こんな状況でサラッと「驚いただろう」とか言うのは天然の彼しかいない!と思った。姿は変わったけれども、中身はそのまま司令官だ。

「ほんと…に…?」

隣に腰掛けた彼は、私の顔を覗き込む。

『こうして近くで君を見たかった』
「?」
『トララカンという惑星に、自分の望む姿に変身出来る泉がある。これはホイルジャックとパーセプターがその泉の液体の成分を分析、研究して得た機能だ。地球で行動するには素晴らしい機能だと思わないか?』
「そ、そうなんですか?」

あまり状況を飲み込めないままの私を、ただ見つめる司令官。司令官だと分かってるのになぜか緊張しない。
放心状態の私を見て、司令官が心配そうな表情に変わっていく。こんな表情豊かな司令官、初めてだ。
何か話さなきゃ…

『気に入らなかったか?』
「その顔が気に入らないとか、どんだけ面食いなんですか!!」

笑いながら、ツッコミを入れる。
あまり理解してない司令官の表情を見て、また笑みがこぼれる。

『さて』

優しい笑顔になった司令官が、私の目を覗き込む。

『この姿になったことだし、さっきの君の話を詳しく聞こうじゃないか』

……さっき?
あ、あ!!!???
あ、あのこっぱずかしい告白の話ですか!?
ほじくり返すのですか!?
今!?

一気に顔の温度が上がって、手にいっぱい変な汗が出る。
緊張が蘇る。

『………レイン?』

名前を呼ばれてハッとする。

「私の気持ちは、先ほど言った通りです…」
『…そうか』
「分かってます。私は人間で、司令官は違う。司令官が言わんとする事は、分かってますから」
『私の言わんとする事?』
「……………」

叶いっこないと、思っていたし、これからもずっとそう思っていくと思う。

『君は…サウンドウェーブのような機能を持っているのか?』
「え?」
『相手の思いを決めつけてはならない』
「………」
『私は…』

話しだそうとする司令官に目を向けた。

『私は、君がこの基地へやってきた頃から、君が気になって仕方がなかった』

言葉を選ぶようにゆっくりしゃべる人の姿をした司令官は、普段よりもずっと素敵に見えた。

『我々に興味を持ち、いつもまっすぐで、優しい。同じ種族は全くいないこの状況で、君はいつだって自分ではなく、我々の心配ばかりする』

静かに耳を傾ける。

『我々よりも自己犠牲の信念が強いことに驚き、そしていつの間にか』

そう言うと司令官は私を見つめた。

『…君ばかり見ていた』
「…」
『君たち人間の一生は驚くほど短い。大切な時間を我々と過ごすことを選んでくれた君に、感謝している』

精一杯の笑顔を作る。
夢みたいな言葉をもらった。ずっと夢みていた言葉。この続きなんて望んだことも、なかったのに。


『レイン』


なんで、相手を欲しくなるんだろう。
名前を呼ばれたらどうにも止まってくれない思いから、熱も手伝い涙がまた出てくる。
大きな腕に引き寄せられて、司令官と初めてのキスをする。
金属の感触はもうそこにはなかったけれど、ただぼんやりと夜にただよう司令官の命の音に、目を閉じて集中した。

2008/10/10
げきあま!