実写パラレル/美しき悪夢 | ナノ
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2.”オライオン”という男


この闇夜に眠るとき
胸の奥に低く響く声に呼ばれ
私は堕ちていく
何処とも知れぬ 無の世界
宇宙の深淵へ
私はただ堕ちていく

辿り着いたら
そこは宇宙の楽園
彼と私しか存在しない
秘密の楽園






シャワーをゆっくり浴びた。気温が下がっている。バスタブに湯を張るのが億劫だった。ふわふわと立ち上る白い湯気が、バスルームの室温が低い事を改めて実感させる。
今夜は彼に会えるだろうか。
いつからだったか、『それ』はレイラの夢に棲んでいた。頻繁に見る、会ったことのない男と会う夢。けれど生々しく男の姿を覚えている。夢で何度も同じ人物に会うというのは今までになかったことだ。目が覚めているときは絶対に会ったことがない。
会ったことはあるかもしれないが分からない。
シャワーを止めて、ピンク色のボディソープを手のひらに落とした。こっくりとした原液は、しなやかな光沢があり、みる角度でシルバーになった。スポンジに含んでくしゃくしゃにする。泡立ち、強い香りを放ち始めたそれを、体に擦り付けながら、彼を思った。
早く眠りたかった。
髪を乾かす前に、何度もしわになってすっかり柔らかくなってしまったベージュの紙の平袋をバッグから取り出した。
平袋には、細くて規則正しい字が並ぶ。
"1日2錠、容量を守ること"とその字を残したのは、ラチェットだ。小さい時から、勉強を教えてもらうとき、ノートを丸写しさせてもらうときに何度も見てきた字。少しその時よりも、筆圧が弱くなって、大人びて感じる。
明日ラチェットの所に行かなければ。
逆さにして手のひらを受け皿にすれば、1錠だけ滑るように落ちてくる。袋を振った。
昨日3錠飲んでしまった。この事はラチェットには内緒にしておこう。
指の腹で薬を押すと、ぱち、と小さな音を立てて薄いアルミが弾けた。ミントグリーンの小さな粒を、ゆっくり飲み込んだ。










鮮やかな藍青色の小さな草が柔らかい土にはっていて、きれいだ。プライマスの羽根の色。踏まないようにしなきゃ。足がうまくかわせない。あ、この靴、ヒールが高い。マギーが履いてるのと同じくらい高い。
マギー、ご飯一緒に行かなくてごめんなさい。会いたかったの、彼に、どうしても。
ヒールが柔らかな土に埋まる。青空は出ていない。灰色の雲は薄くたなびいて、直射する太陽を隠している。

─何処にいる─

あなたこそ、どこにいるの?

ヒールが埋まるので間怠っこしくなり、パンプスを脱いだ。ストッキングの網目から、土がついてくる。こんなに目が粗いものは初めて履いた。脚は見せたくない。形が悪いし、こんな姿似合わない。

見上げると、今歩く蒼い草原の向こうに、海が見えた。雲間から光が差していて、波はきらきらと反射して煌めいている。その向こうに、赤黒い城が見えた。
ああ、行きたい。そこにいるの?オライオン─


─来い…─


足は泥だらけのままだ。いつの間にか森の中にいて、両手にパンプスを持って、倒れていた。意識が浮かび上がると、城は、目の前。









男は立ち上がった。城には、主である自分しかいない。そうなのだ。誰もいない。肩にかかる銀色の髪を、漆黒のフェドーラ帽で包んだ。レザーグローブを両手に填めると、森に倒れるレイラを抱きかかえて、城へと引き返した。微睡んだレイラが乾いた唇を開いた。

「オライオン…」

頬を撫でる、上質でひんやりとした柔らかいグローブの、におい。それから、地球の香水のにおい。オライオンは地球の人なの?
あの遠い、至上の楽園といわれる惑星の人なの?
漆黒のフェドーラが世界一似合うと思う。彫刻のような整った顔立ち、切れ長でありながら彫りの深い、焔色の瞳を囲んだ瞼。第一印象は、"この人は色にたとえるなら銀色"だった。

『靴を脱いだのか』

レイラの踵、爪先、それからかたちよく伸びた膝から下を眺めた。返事はこない。
穏やかな顔をして眠っていた。