実写パラレル/美しき悪夢 | ナノ
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27.これが世界の正体だ


マトリクスは
時々意味ありげに
過去の記憶を
脳内で再生させる。





「最奥部まで見たことが?」
「─いえ、私が見たのは障壁制御室のみです。制御装置はキューブ型の物体で─」

大聖堂の地下の入口、古びた扉を開くとそこはアーク最新の技術を駆使しても届かないような世界が広がっている。
ゲートパスを読み込ませた付き添い人、ナイトスクリームと議会で名乗っていたこの男は、赤い目。オプティマスは何かをなつかしく思った。

「─キューブの操作にはコードとパスワードが必要です」

幾層も抜け、こちらです、と示されたドアを慣れた手付きで触り、赤い目の男は制御室のセキュリティーを解除した。

「無論、私はコードネームもパスワードも知りません」

中に入った瞬間、オプティマスは天を仰いだ。
キューブは巨大なものだった。警備員はいない。そのはず、ここは1000年も日の光を避けてきた"存在しない場所"なのだ。これでメガトロンを転生しないよう維持していたのか。

「─障壁のコントロールもここで?」
「管轄だったときは、そうでした。勿論私共は"犬"に過ぎませんから、言われた通りにコントロールをしていましたよ」

はあ、と息をつき、脇に張り巡らせたコンソールを調整するナイトスクリームは、信じられん!と言った後、わざとらしく鼻を鳴らす。

「プライム、障壁はG地区のみならずD、T、Zの区画が解除されています」

オプティマスがそのデータに目を移し、状況を把握すると、中央のキューブに向かい手を伸ばした。微かに温かみのあるキューブを、また何故か懐かしく思った。

「…コードが分かるのですか?プライム」

ナイトスクリームが息をのんだ、音がする。オプティマスは、この赤い目の男を見返した。

「─これが示してくれれば」

首に吊しているプライムのあかしを、オプティマスは握りしめた。

「…期待していますよ、プライム」

ニヤリと片方の口角だけをつり上げた付き添いを、ただただオプティマスは無表情で見つめ返した。そうしていると、二人の背後で声がした。

「何をするつもりだ、オプティマス・プライム」

振り向くと、黒いフードを被った男が、低い声で声をかけた。

「司祭」

黒い服を身にまとい、男は佇んでいた。
いつからいたのか分からなかった。

「今すぐそのキューブから手を離してもらおう」

撃鉄を下ろす音がした。銃を向けられたオプティマスは、キューブから手を離すことをしなかった。

「ここで何を?」

年季の入った声で発せられた男の短い言葉を、ゆっくりとオプティマスは弾き返した。

「障壁を元に戻し、あなた方の"機密"を解放する」

ばかな、と嘲笑まじりの声が、巨大な制御室にこだました。

「これは我々の全ての魂の源だ、お前のようなまだ若いプライムには制御は無理だ」

ナイトスクリームは、ただ黙って、視線だけをくばせ、会話を慎重に聞いている。

「それよりもプライムよ…、そのパートナーではさぞここまでの道が心細かっただろう」

顎をしゃくって、穏やかにそう言った司祭の言葉を、ナイトスクリームはニヤリと不気味に嘲笑い、言い返した。

「…何を言いたいのか知らんが、とにかく障壁の被害をくい止めるには、コードとパスワードが必要です、プライム」
「障壁とは…、秩序の象徴、プライマスの加護。世の乱れに合わせ"調整"の必要があるものだ」

ナイトスクリームにかぶせられた司祭のその言葉を、ただオプティマスは黙って聞いていた。司祭の背後で、他の司祭が向かってくるのが見えた。

「"調整"の為の犠牲なら、プライマスに許されると?」

オプティマスは、静かにその青い瞳に怒りの炎を灯し、司祭を見返した。
後方にいる四人の司祭は次々に現れ、何事だ、と口々にざわめいている。

「許しは、命がある限り存在しない。犠牲なくして、勝利なし。そうであろう?それはプライムであるそなたが一番よく知っておるはず」

オプティマスが、キューブに接続したコンソールをゆっくりと触り出すと、いよいよ司祭は慌てた足取りでオプティマスとナイトスクリームに近づいた。その勢いで、司祭服のフードが取れた。蒼白したその顔立ちは、もう生きたもののそれとは違うものに思えた。

「わしらの力がなければ、これは制御できぬと何度いえばわかる」
「─力は、もう存在しないはずだ。我々は"人"でしかない」

オプティマスが、穏やかにそう言った。

「…あなた方もただの"人"でしかない。制御はあなた方でなくとも、コードとパスワードさえあれば、可能だ」

───全ての 魂


「聖女が命をかけて救おうとした未来は、制御される必要のない世界のはずだ」

─必ず救う、必ず



聖女という言葉に、司祭はぴくりと眉を動かし、それから静かに口を開いた。後方にいるプリースト達も、その単語に明らかに驚いているようだった。

「─聖女を知っておるとは、そうか、お主…お主こそが、真のプライムであったか」

銃をオプティマスにつきつけたまま、司祭はそうつぶやいた。

「…障壁を戻し、元老であるあなた方の延命機能を完全に解除し、全てを元に戻す!!」

オプティマスがそう強く言い放つと、司祭は呵々と笑った。

「─長らくここを守り続けてきた。全ての進化はここからだ。お主の云う"聖女"は結局、力をあの時解放できぬまま世界を終焉に導いたのだぞ」

今度は別の方向からも銃が向けられた。

「災厄ともいえる闇なる魂を残してな」
「それは聖女の罪」
「世界を救うはずであった聖女の、最大の罪」
「天から堕ちた聖女が償うべきものだ」

次々に紡がれる、プリースト達の言葉。
そんな中、流れ込むのは過去の記憶だった。

─ありがとうオライオン、
いつも傍にいてくれて


銃をつきつけた司祭は、続けた。

「確かに我々には力はない。強いていうならば、このキューブから延命を受けておるだけ…。だが、"障壁"も"最終兵器"も、聖女の生命力が大いに関わっておる。それは確かだ。そして全てのコントロールをこのキューブが司る」
「"最終兵器"、それがあなた方の"機密"、か」
「あれを"起こさぬため"の制御だ、」
「だが"起こさなければ"、聖女の魂は救われない。障壁も消える」
「…………」
「いつまでも彼女の中に閉じ込めるのは無理だ!」
「聖女は世界を救わないという罪をおかした。世界を救えたのに救わなかった聖女の罪が、消えると思うか?」

─あのねおぷてぃますおねがいがあるんだけど…
─レイラをおよめさんにして!


レイラはもう、エイリアルではないのに。

「──もう彼女は転生している!!」

オプティマスは、しっかりと司祭を見据えた。

「兵器であるあの機体を解放するのは、聖女からあの罪深き闇の魂を解放するのと一緒だ。機体に闇の魂が戻り、障壁はおろか、もう誰もあやつには勝てん。その時こそ終焉。今はまだその時ではない」

司祭はキューブを仰いだ。

「聖女の力が残るのはあのもろい障壁だけ。愚かな娘だ。"天から堕ちた聖女"とはよく言ったものだな」

─君を守る。共に生きよう

「あの機体こそすばらしき過去の遺産」
「そんな過去を時間が過ぎてもこんな場所でずっと保存し続け、民を傷つけていることの方が罪だと分からないのか!」

─だれもおむかえにこなかったら、ぜったいおよめさんにしてね!─だいすき、おぷてぃます!

─先がない私を
愛してくれて ありがとう
オライオン──


そうだった 君はもう…

「必ず守る!!この世界は彼女が!!
彼女の魂そのものが紡ぎ出した世界!!私が必ず守る!!」

オプティマスがそこまで言ったところで、銃声が轟いた。
今の今まで話をしていた、議長である司祭は、頭を撃ち抜かれその場に倒れた。

「───そこまで聞ければ充分だ、司祭」

目の前で倒れた司祭を、まるで虫螻でも見るかのような目で見つめそう言ったのは、隣で静聴していた、赤い目の男だった。

「アーチボルト議長!!」

歩み寄ろうとする元老達を、赤い目の男は次々と撃った。

「やめろ、やめるんだスタースクリーム!!」

即死したであろう元老達は、ぴくりとも動かずに、質の悪い静寂だけがこの場の空気を満たしていく。

「─ほう、貴様やはり"本物"のようだな、オプティマス・プライム」

いや、とわざとらしく首を傾げ、片方の口角が上がる、独特の笑い方。

「こう呼ぶべきか、─オライオン・パックス」
「スタースクリーム…一年前にチャーリー議員を暗殺したのも、お前だったのか…!!」

くく、と笑いながら、スタースクリームはキューブを仰いだ。

「…長かった、実に」

今更、銃の火薬の匂いが鼻を突いた。罪深き赤い目の男は恍惚とした表情で、キューブを見つめている。

「まともに転生していれば、他の仲間同様、大赦を受けられたはずだ」

オプティマスは、静かに口を開いた。だがスタースクリームは、ハア?と言わんばかりの馬鹿にした表情でオプティマスを見返す。

「大赦だと?そんなものは俺には必要ない。なぜ今まで培ってきたものを、肉体が滅ぶたびにリセットせねばならんのだ」

オプティマスは無言で首を振った。

「安心しろプライム、この地下のどこかにあるあの機体に、あの役立たずのダークナイトの魂は戻さん」

スタースクリームは、再びキューブを仰ぐ。

「このキューブで新たな魂をあの機体に吹き込み、あれは俺の意のまま動く人形となるのだ…、プライム、なかなかいい案だとは思わんか?」

再び、オプティマスに銃が向く。

「さて、貴様が本物のプライムとわかったところで、この俺の帝国を作る第一段階を踏んでもらおう。…ああ、もちろん貴様等パラディンの大事な聖女様は生かしてやろう、"障壁"という希望は必要だからな。その代わり、カビの生えたかつての我らがリーダーの魂も、そのままだ。コードとパスワードを言え!!!」

突きつけられた銃に怯むことなく、オプティマスは答えた。

「─メガトロンは、もう既に解放されている。…お前のお陰でな」

スタースクリームの片方の眉が、ぴくりと上がる。

「…何を言っている?」

据わった目を反らすことなく、オプティマスは首を振る。

「お前の今殺したこの全員の魂の力で、メガトロンを聖女に封じ込めていたのだ。紀元前の機体は、キューブの力で低温保存されている。しかしメガトロンの魂はキューブとは無関係だ。平和が乱れるとおそれ、転生を抑え込んでいたのは…彼らだ」

スタースクリームの顔色が変わる。

「なにを…」
「だがお前がその魂を断ち切ってしまったことで、メガトロンの魂は解放された事になる」

カシャ、とオプティマスがコンソールを穏やかにたたきはじめる。

CODEと表示されたディスプレイに、打ち込む。

─私は、この地に
"全ての魂"の源を
残すとしよう


全ての 魂──

─CODE:ALLSPARK
─(コード:全ての魂)

「…まさか…」

スタースクリームは取り乱した。

「嘘だ…!!パスワードを入れメガトロンの魂を制御しろ!!」
「すまないがそれはできない」

次はパスワードか。

─答えはオプティマスよ
お主の中にある



「プライムッ!!お前と俺とで、新しい世界が作れるのだぞ?こんな千年も文明を保てん愚かな虫螻の人間の器に支配される世界ではなく、永劫だった時代に戻すことができる!!これがあれば!」

蟀谷にねじ込まれる、銃口にも、オプティマスは反応しなかった。

「撃ちたいのなら撃て、それでお前の気が済むのなら」

「─…うぅ、う、」

バンッ、と耳をつんざく銃声が制御室に響く。オプティマスが衝撃でよろめいた。

「───お前だったとはなぁ、スタースクリームさんよ」

懐かしい声だった。
入口に、ジャズとバンブルビーが立っている。腕を撃たれたスタースクリームの銃は、床を滑りすすみ、遠い場所で虚しく回転し、止まった。

「貴様…!!」

オプティマスが言い放つ。

「ダークナイト"反の神スタースクリーム"、もうお前が生きる時代ではない」

パスワードを打ち込もうとしているオプティマスから、スタースクリームは後ずさりして距離を置き出す。

「やめろ…解除するな…」

パスワードは、

「天から堕ちた、聖女…か」

─聖女なんて そんなあだ名
私には似合わなすぎて滑稽だわ


「やめ…やめろ………!」

やめろ!!と行ったきりジャズとバンブルビーを突き飛ばして、スタースクリームが逃げて行く。

「待て!」

バンブルビーが叫んだ。

「くそ…」

ジャズも突き飛ばされて、悪態をついた。
はっ、とバンブルビーがオプティマスに目線をくばせた。

「オプティマス、解除しちゃだめだ!!兵器が目覚めちゃうよ!!」

答えは、この地に真っ逆さまに堕ちた、聖女────

─password: L E I R A

─sacred barrier:eternity
─(聖なる障壁:永久)

─私が救った世界は、あなたが守って…オライオン


エイリアル、君は

─ICEMAN:liberate
─(アイスマン:解除)

「──魂は平等に」

遠くの方で、何かが脆く崩れる音が聞こえる。地響きとともに、悲しみの抜け殻が鉄くずに変わっていく。

「─転生する」

そうか、そうだったのか───

「どんなに罪をおかしたものでも、平等に」

エイリアル、君はもうずっと前から私達を救ってくれていたのだ。力を放棄したのではなく、解放し…、君の魂は空と我々の間の流れを凍結し、そこに生き続ける障壁となり───
愛した草花と 信じた神と
救いたかった命を残した───
この世界こそが君の奇跡、
"至上の、楽園──"

「メガトロンの魂は、もうすでに転生しているはずだ。どこかに」

─そういう風に、プライマスがお創りになられたの


バンブルビーが駆け寄った。

「オプティマス、レイラが…」

ジャズもキューブを見上げた後、オプティマスを見つめた。

「もうここはいいんだろ?」
「レイラを」
「我らが姫君を、起こしに行ってやってくんねえか」
「おいらたちじゃダメなんだ」

オールスパークの放つ光は、青く美しかった。