実写パラレル/美しき悪夢 | ナノ
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26.かなしみの再会



反乱が起こったのはその日の夜だった。私の命の終わりは、覚悟を決める暇もなく、あっさりと訪れた。


風のざわめきと、無数の魂がざわめく音。悲痛な叫び声、火薬の匂い。パラディンとダークナイトが守っている城塞が破られたという情報は入らないままの不意打ちだった。城の中でも銃声や爆発音がするのは気のせいか。
城塞に騎士たちが向かっている今、王都に残っている兵は僅かだった。嫌な汗が出る。胸騒ぎがする。

外では何が?

入口にいる新人パラディンは、分かりません、と動揺したように首を振った。黒煙のような雲が分厚く空に張り、うねっていた。
もうじき、黒の風がくる。

──金色の空が暗黒に変わるとき、

あなたは街へ、皆を守ってください
「いえ、自分は此処を司令に…!」
今守るべきものは私ではありません、さあ!王が無事かを確認し、兵に指示を!

はあっ、と切羽詰まった息を吐き出し、どうかご無事で、と言ったきり走り出した若いパラディンの鎧が擦れる音が小さくなっていく。名前はクリフジャンパーといっていたっけ。ああどうか、希望に満ち溢れてパラディンになった彼に、プライマスの加護がありますように…

──世界を終焉の風が覆う

さあ、私も行かなくちゃ。
城の裏口へ走った。
パラディンが街に戻ってきた様子は全くなかった。だが敵兵も見当たらない。


───私が傍にいよう


…オライオンは無事なの?
彼まで死んでしまったら私は…
ああどうか祈りよ、どうかプライマスに───!!!

祈らなくては、止めなくては。なんとか足を交わしたその先で、連射された重たい音が耳をつんざいた。大聖堂までの道、目の前でよく知る顔馴染みの少年が腹を撃たれた。

──!!!

彼が何をして撃たれてしまったというのか。
早く彼を抱き上げて逃げ出したい、けれど足がすくんで、その場を動くことができなかった。
力を解放するまでは死ねない。
…ちがう、死が、死が、こわい。
こんな自分が情けない。世界なんて救えるのか。力を使えても、救える人なんて誰もいない気がする。やっとのことで足をかわし、痙攣している少年を素早く抱き上げた。
大聖堂の入口の影に隠れ、ゆっくりと抱き締める。少年は鼻からも血が噴き出していて、瞬きさえしなかった。

大丈夫、大丈夫よしっかり、
「せ、じょ─さま、さむいよ、さむい」

少年が唱えるようにそう言いながら小刻みに痙攣する。涙がひとりでに出ていることに気がついた。必死で少年の意識を留めるために体を揺らした。

だめ!お願い、だれか、

あたりを見回しても、砂埃が舞って銃声が聞こえるだけだった。
そうしている間に、だらりと体が脱力し、もう二度と笑うことのない少年は、空をみたまま腕の中で絶命した。

───こんなことが 赦されるのか。

─ううっ…!

はあっ、と詰まった息をいくら吐き出しても、胸のつかえがとれず苦しかった。
向こうの方で、聖女を捕らえろ、と言う声がした。

─また私?
私なの?私のせいで、誰かが死ぬの?

ダイオンも、この子も、人々みんなが…

いや…!!

少年の亡骸を、誰にも傷つけられない背の高い花々の中にゆっくりと降ろした。瞼を閉じさせる。どうか、私の祈りが届いて、どうか、時を戻せますように。
立ち上がり、ステンドグラスの鮮やかな赤を拳で割り、大聖堂の中に入った。
少年の血がついたままのショールを肩から外し、通路の端を小走りですすんでゆく。祭壇までたどり着き、膝をついてプライマス像を見上げたところで、背後から小さく声がした。

「…まだ…には…」

祈っているとき、何日も何日も前から、背後に誰かの気配がするのを感じていた。金属が擦れ合う重たい音。パラディンが護衛に付いてくるときは、聖堂の入口を見張ってくれる。それよりもずっと近い場所で、いつも金属の擦れ合う音がするのだ。かしゃり、かしゃり、と。
祈りの妨げになるほどの音ではないので、いつも振り向く事はしなかった。
今日も同じ音がした。
けれどもやはり振り向くことはしなかった。
瞳を閉じる。

─…エイリアル、きましたか
─はい。風がざわめき、動物は泣くのをやめ、火薬の匂いと血の流れる音、今外では何が起きているのですか?
─…黒の風が来る
─黒の風、私の力が解き放たれる時が来ているのですか?
─それを見極めるのはエイリアル、

「───メガトロン様」

途中で瞳を開いたのは初めてだった。
今、背後で確かに、懐かしい名前を呼ぶ声がした。その後聞こえた声に、息が止まりそうになった。

─その名で呼ぶなと何度言えば─

何か弾力のあるものを貫いた音がした。

「か、──」
──気が済むのだ

最後の息を吐き出す、刺されたと思しき男の声がしている。
それから、

──貴様の力は、"瞬間移動"か

涙が出るほどに懐かしい、声。

「は…!?、もう、もう二度と致しませぬ故…」

何卒と怯え震えながら言う男の声に、切り裂く音が被せられ、そして、断末魔の叫びがとどろく。

ああ、もう二度とその名を呼べぬ場所へ送ってやろう、そしてその力は俺の、糧となる
「そ、それだ、けは、う、うわ、ぐわああ!!!!!」

何かが滴り落ちる音が静かにしたあと、重たい金属がぐしゃりと床に落ちた音がした。
真っ直ぐ、こちらに向かってくる金属音と、鎧が擦れ合う音。
それでも振り向かなかった。振り向くのが怖いというのが半分と、振り向きたいというのが半分、ぱっつりと二つに心は割れてしまった。
もうプライマスの声は聞こえなかった。
鋭い刃先が、朽葉色の床を撫でる音が聞こえた。

──貴様が選ばれし者か

まさか、そんなことが、あなたは死んだとばかり…

ゆっくりと立ち上がり、声のする方へ振り向いた。鎧の男は、甲の下からこもった声を出す。

──やはりお前が、究極の力を授かった選ばれし者だったのか


懐かしい、ずっと聞きたかった声。
彼は、間違いない。
そう、あなたは、

…メガ…トロン…

喧騒も、悲鳴も、爆発音でさえ、聞こえない。ただ目の前のダークナイトを見上げた。生きていた、生きていたのだ。

─その名は捨てた

銀色の甲冑。
身の丈よりも長い剣を突きつけられた。
兜で全く顔が見えなかった。けれど声は覚えている。毎夜、夢だけでもいいから、聞きたいと願った声。
手が届く辺りまでゆっくりと歩み寄る。
まさか生きていたなんて、信じられない。
銀色の男は佇んでいた。その切先を、私の方向へ、突きつけたまま。
不思議と怖くはなかった。銀色の男の向こうに倒れている全身鎧の男はその身を二つに裂かれ、血の匂いが祭壇まで届いているほどに無惨な死体であるにもかかわらず、その死体を作ったであろう目の前の銀色の人を、心の底からなつかしいと思ったのだ。
返り血を浴びた兜に、手をかけた。
銀色の人は何も言わなかったし、拒否もしなかった。
浮かせた兜から僅かに、襟足の長い銀色の髪がこぼれ落ちてくる。
懐かしい質感の、銀色の髪。
ああ、兜を完全に取り外した。
彼の目は以前の澄んだ青ではなく、全てを焼き尽くすような、紅蓮の色だった。
無表情のまま、メガトロンは私を見下ろした。

…あなた、だったのね…、良かった…

銀色の髪をゆっくりと撫でた。

いき、生きていて本当に、

こみ上げる気持ちが、言葉をうまく紡がない。ぼろぼろと流れ落ちてくる涙に、目の前の銀色の人の姿が霞む。
会いたかった。
会いたかった、どこにいけばあなたに会えるのか、そればかり考えていた。けれどずっと、私が祈っているときに私を見ていたのは、あなただった──

メガトロン!

銀色の鎧に抱きついた。赤くなってしまった瞳は、風のせい?メガトロン、会いたかった、会いたかった、死んでしまいたくなるほどに、会いたかった…!

─もう、お前が知る俺ではない
そんな事ない、そんな事、ない…!!

そう言うとメガトロンはすぐに私の肩を引き剥がし、抱きついた銀色の鎧から、体を離した。

─オライオンの伴侶に?

涙を飲み込み、目を開いた。

─俺を、忘れてか

忘れたことなんて一度もない。けれど言い返せなかった。オライオンに惹かれていた自分もまた事実なのだ。それは否定することが出来なかった。
優しいオライオン。
どんなときもそばにいる人、一番してほしかったことをしてくれる人。安心する人。


─……、
─弱き者共よ、群をなさなければ生きていけぬ、愚か者めが

ジャリ、と剣が音を立てた。

…お前がいると…、…我が力は衰滅する…

突き付けられた剣は、間合いを取ったメガトロンから、真っ直ぐに私に向かってその鈍色を大聖堂の光に反射させている。

─来る─


ああ、私の未来が見える。私は刺されて死んでしまう、なんで落ち着いていられるのか不思議だ。

─終焉がきこえる─


…お前がいると…

救わなくちゃ。
私の命はあなたに、メガトロン、あなたに捧げます、それで私の本当の気持ちが剣を通して伝わるならば。
けれど私は、あなたと帰る場所がほしいの、未来が…

─私のスパークよ、今このときに、─


あなたが生きていて、よかっ──
邪魔だ…っ…

─全ての力を、解き放て─


ぐさりと鈍い音が、体じゅうで、聞こえた。

───エイリアル!!!

あ、オライオンの声がきこえる、ああオライオン、あなたが愛してくれたから私、聖女だなんて言われても、私でいられた…
あなたのその海のような優しさに
甘えてばかりで 本当にごめんなさい
支えになれなくて…

メガトロン、
私、子供の時からあなたが大好きだった
あなたはいつもひとりを好んで
それでも隣にいさせてくれたあなたを
一番好きだった
あなたが死ねと言うのならば
よろこんで死ねるわ
だって あなたは
わたしの すべて…
帰りたい、帰りたい、
三人で、あの草原に────