実写パラレル/美しき悪夢 | ナノ
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11.とんだ再会

無の世界に光が生まれ、創造主プライマスは、幾多の命に力を与えた。そして、命を正しき道へと導く叡智を、聖王プライムに授けた。
プライムには、友がいた。
戦の神、命の神。
そして、力を与えられた民である策の臣と、斥の臣。
黒の風吹き荒ぶ世界を、彼らは守った。
彼らはともに考え、互いを敬い、それぞれの力を命を守るために使った。
自らの命をもかえりみずに。

─プライマス神話─
「5柱の神」



Beautiful Nightmare



「できた」

ガーベラは黄色、白、アクア、ピンク。デイジーは赤、インディゴ。かすみ草は、紫。
みなこの日のために作られた花々だ。品種改良で色換えなんて朝飯前の優秀な職員がいるらしい。たくさんの花々をステンドグラスの脇に棚引かせて、レイラは極彩色の花々で壁を飾る。

「うむ、よかろう」

やや腰を伸ばし眼鏡を上げた神父の顔は、穏やかだ。
今、すべての教会がミレニアムの準備に追われ慌ただしい。祭りの準備をする忙しさは、いくら大変でもちっとも苦にならない。
慌ただしいこの感じが楽しい。いつもは荘厳なこの教会も、全く違う場所のように思える自分は子供で、ものすごく単純なのかも、と思った。
ミレニアムは、来週から二ヶ月間。運がよければ、この明るい花々が散らないうちに、オライオンとお祭り気分を楽しめるかもしれない。
だってジャズは、必ず見つけてくれると言っていた。
自分で調べるのには限界があった。ジャズ達と会う前に、僅かな方面からだが、オライオンの名を調べた。けれど、うまくいかなかった。

「いつもすまんの」

神父は静かにそう言った。向こうで薔薇の棘を切り取るマギーが、

「ほんと、もう。これで恩恵がなかったら私何も信じないんだから」

とそんな風に言って、レイラの笑い声が教会に響く。ブラックアウトは慣れない読み聞かせにたじたじの様子で、おいレイラ、助けてくれよ、と向こうの方からレイラへ声をかけた。
フレンジーとスコルポノックは取っ組み合っている。喧嘩をしているようにしか見えないが、本人達はじゃれ合っているだけらしい。スコルポノックの長い三つ編みを、面白がって引っ張るフレンジーのガキ大将ぶりに、レイラは作業の手をやめ、呆れたように見た。しかしそうしていたのは短い時間で、止めることなく作業を続けた。
体がふらふらする。
なんだか熱っぽい。
息を吐いたレイラを、そばにいた神父が見つめた。

「やはり具合がわるいのか」

え、とかぶりを上げたレイラは、目がすわっている。

「だいじょうぶですよ」

作業をする手を止めなかった。神父は何かに気づいているようだとレイラは思った。
悟られちゃいけない。
小声で神父が問うてくる。

「…夢は最近どうなんじゃ?」

落ち着いて答えよう。なぜだか、オライオンとは会っちゃ駄目だと神父様には言われそうな気がしている。
神父様が表現した、"実体のないもの"という言葉が、今は何より嫌いだ。
よく考えて、答えなくちゃいけない。全く興味がないように。

「あ…あ、夢ですか?そういえば、最近見てないです。やっぱり幻だったんですかね?」

あはは、とレイラは笑顔を作る。神父は、そうか、と言って、それ以上は聞かなかった。

教会の鐘の音がする。

マギーとブラックアウトが、表情をあかるくして、立ち上がった。

「ボランティアタイムが終わったわ!!」





シルバーボルトで空中都市のスクランブルシティへは、一番早い便で20分程度。明るい太陽に向かっていく、頭から雲に突っ込んでいく窓際の景色に、バンブルビーは大きな目をいっそう大きくさせた。

「なあ、バンブルビー」

声を発さずに、初めて空をみたわけじゃないだろうに純粋に笑ったまま、バンブルビーは通路側のジャズに振り向いた。

「…見つかると思うか」
「ああ、うん。前回のよりも次のは簡単に見つかると思う。石板でしょ?今までの旅でも、そこらじゅうでごろごろしてたし」
「そうじゃない」
「え?」
「レイラの方の依頼だ」

ああ、と呟いて、バンブルビーは笑顔を止めた。

「大丈夫だよ、ジャズ」

ジャズはバンブルビーを見返した。

「おいら思うんだ」
「?」
「いつも小さな時から、レイラは花みたいだなって思ってたんだ」
「……は?」
「大事に世話をしないと淋しくて枯れちゃうような、そんな感じ」
「ああ」

なんとなくわかる気がしてジャズは相槌をうった。

「でもオムライスを奢ってくれたレイラは、なんだかすごく大人に見えた」
「…そうだな」
「無理ならいい、ってあの時レイラは言ってたよね」
「ああ」
「あれは、無理なら自分ひとりででも探すって意味だったと、思うんだ」
「………」
「それだけ引き合ってる自信があるんだ。どんな風に出会ったのかは分からない。でもきっと、すごく想い合ってる相手なんだよ」
「………」
「たぶん、向こうも探してる。レイラを」
「…だと、いいな」
「幸せになってほしいなー、レイラには」

はー…と、ただ空っぽのため息をついて、ジャズは頷く。
手に入れた黒聖書を眺めた。

「よし、バンブルビー。スクランブルシティに着いてこいつを依頼主に渡したら、二手に分かれよう。お前は報酬を受け取った後、スクランブルシティに残り、議事堂の横にある公文書館へ行け。そこに全国民のファイルがあるはずだ」

ジャズはバンブルビーに、小さなメモリーカードと偽のゲートパスを渡す。少しうろたえて、バンブルビーが答えた。

「ジャ、ジャズは?」
「俺は石板を探す」

今まで、共にしか行動したことのないジャズと分かれて単独行動をする事は、ちょっと怖い。しかし興奮した。

「とにかく全部調べろ。犯罪者やアークと関わりを持つ皇族、議員も含めて虱潰しにだ」
「わかった!!」





教会の入口で、ブラックアウトの後ろに乗り込んだマギーのバッグを手渡す。時計は、18時。日差しはまだ暖かい。

「本当にまだやるの?」
「うん、神父様も疲れてるだろうし、リースを作るのも後少し残ってるし」

ブラックアウトの腹のあたりで、スコルポノックはその小さな顔を、兄の腕の向こうから出した。何か言いたげだった。
レイラは、優しくスコルポノックの頭を撫でて、またねと笑顔で言った。すると、スコルポノックは頷いて、満足そうにブラックアウトの腹でうずくまった。

「グレンの店に行ってる、早く終わりそうなら連絡しろ、バリケードに拾わせるから」
「うん、ありがとう」

ブラックアウトのディムグレイのライトスピードが高度をあげ、走り去っていく。レイラはそれをゆっくりと見上げた。
小さくなっていくブラックアウトたちを、見えなくなるまで見送る間、目の前がぐにゃりと曲がって、真っ白だか真っ黒だかになって、立っている足に力が入らなくなる。レイラはその場で崩れるように、倒れ込んだ。

───しかし、抱き止められた。倒れてしまう前に。
ふわっと懐かしい、匂いがした。

朦朧とした意識の中で、眩んだ先にいたのは、国家元首だった。

───なんで、いるの、

「…………」
「レイラ、大丈夫か?」

腕に抱いたまま、心配そうに見下ろす顔は久しぶりに見た。相変わらず意志の強いブルーグレイの瞳は凛々しいままで、レイラは夢なのか現実なのか分からないまま、支えられた腕の温もりに安堵して、そのまま意識を失った。





ここは、大聖堂?
祭壇が見える。
レイラは祭壇に向かいゆっくりと歩く。祭壇の正面に立つ、後ろ姿の誰かが見える。蝋燭のオレンジ色の光が、その人を照らしている。
銀色の甲冑。とても大きくて、重たそうな剣を持っている。兜で全く顔が見えない。
…男の人?
誰…?
手が届く辺りまで歩み寄り、兜を取ろうとするレイラに、甲冑の男のものらしき声が、直接意識に入ってくる。

…忘れたとは…
…言わせんぞ…


浮かせた兜から僅かに、一瞬だけ見えたのは、襟足の長い、銀色の髪だった。

…お前がいると…
…我が力は衰滅する…
…お前がいると…



邪魔だ、



そう言われた声と、その大きな剣先で胸を貫かれた瞬間と、オプティマスが自分の名前を呼ぶ声が同時にして、レイラは目覚めた。
息が切れていた。
涙も出ていた。

「レイラ!」

目の前のオプティマスとアルファートリンが、心配そうにのぞき込んでいる。レイラが瞬きと呼吸を思い出したのは、目を開けて何秒も経ってからだった。

「大丈夫か?」

オプティマスが見つめている。アルファートリンも、しっかりせんか!と言っている。辺りには、オプティマスのガードマンらしき黒ずくめの男女が四人、いた。
それでやっと、ここが現実なのだと、理解できた。

「…オプティマス…」

名前を呼ばれた元首は、黒ずくめの四人に目配せした。すると、四人は小さく頷き、入口の方へ向かっていった。

「……とんだ再会だな」

そう言ってゆっくりと微笑んだオプティマスに、レイラは笑顔を返した。アルファートリンは、その姿を見て安堵した表情を見せ、ただ黙って聖具室の方へと、消えていった。

ゆっくりと身を起こす。オプティマスが手伝った。

「…無理をするな」
「すみません、無礼をお許し下さい」


急に口調が変わったレイラのその態度に、オプティマスは少しだけ困ったように微笑んだ。

「気を遣うな、私の中身は何も変わっていない。外側が変わっただけで」

その言葉が欲しかったのに間違いはなかったものの、嬉しいような悲しいような、複雑な気持ちになった。レイラは少し口を尖らせた。

「…あーんな大勢SPつけて」
「そういう決まりでな」

私も要らないと思うんだが、と言って笑うオプティマスは、いつも通り穏やかだった。
笑いを微笑みに変えた時、オプティマスは目を細めてレイラを見つめた。

「元気だったか?」

レイラは微笑みを返した。そして頷いた。

「そうか。良かった。まさか会えるとは思っていなかったからな」
「あ…オプティマス…今日、何か用事があってここに?」

ああ、とオプティマスは頷いた。

「アルファートリン様に会いに来た。二、三伝えなければならない事があってな」

レイラはそうなんだ、と頷く。オプティマスは天井画を仰いだ。

「…変わっていないな、ここは」
「…オプティマスが一番変わったでしょ?すごい人になっちゃって」

もう、会えないかと思っていた。

「ああ、だがレイラも変わったぞ」
「え?」
「…綺麗になったな」

会うのは、5年ぶりだった。

「…あ、あたりまえでしょ、わた、私だってもうすぐ20歳になるんだし」

オプティマスは眉尻を下げて笑う。夢の中のオライオンと同じ笑い方をする。オプティマスの前だと、気取りたくても気取れない。気取れば気取るほどまるはだかにされて、滑稽な自分になっていくのがわかる。

「…覚えているか?七歳の時に君は私のお嫁さんになりたがっていた」

そんな小さかったレイラが、こんなに成長して、と笑うオプティマスに、レイラは真っ赤になりながら、ため息をつく。

「…………ずっと前の話だよ」

不機嫌なレイラに、オプティマスは穏やかに微笑んだ。

─失礼します、司令、あと30分です…─

通信が漏れてきて、オプティマスは、内ポケットに入れていた通信機に口を付けて、分かったと答えた。

「司令?って?」

ん、とオプティマスがレイラを見て、ああ、と質問の意図を汲んだように答える。

「身分を覚れないようにするためだ。いわゆる、ニックネーム、だな」

ふうん、とレイラは頷いた。

「もう時間、ないんでしょ?もう行って、アルじいちゃんとこ。私も友達待たせてたの思い出したから」

レイラはそう言って笑うと、ゆっくりと立ち上がる。

「もう大丈夫か?」

レイラは笑顔で頷いた。それにはオプティマスも、笑顔で返した。

「…じゃあ」

そう言って歩き出したレイラを、オプティマスは呼んだ。
踵を返した彼女は、オプティマスを見つめ返す。

「今日は会えて良かった。またな」

レイラは笑顔を返し、頷いて、走り去る。
ボディガードに会釈をするレイラを、見えなくなるまで、オプティマスは見つめた。





聖具室はこぢんまりとしている。ブルーの薄布にかけられたたくさんの小さな聖像はうっすらと透けていて、オプティマスはそれらに目を移す。

「アルファートリン様」

ん、と腰を起こした神父は振り向き、オプティマスを見上げる。

「レイラは帰ったのか」
「はい」

聖具室をあとにして、ゆっくり歩くアルファートリンに、オプティマスは歩幅をあわせた。

「マトリクスを得たその後はどうじゃ」

オプティマスは、困ったように微笑んだ。

「大変ですが、やりがいはあります。元老の皆さんとは馬が合いませんが」

その言葉に、ふぁっふぁっ、と声をだして、喉の奥をふるわせるようにアルファートリンは笑った。
オプティマスは真面目に続ける。

「マトリクスを継承したことで、私の内側で変化がありました」

アルファートリンは立ち止まりオプティマスに振り向いて、満足げな、安堵したような、そんなため息をはいた。

「ふむ。マトリクスは過去の叡智の結晶。得たとしてもその結晶を真の意味で解放出来るのは、"本物"のプライムだけじゃ。お主に起きておる変化は…、真の姿に戻る前触れ」

オプティマスは、頷いた。

「時には重すぎる使命もあるじゃろ。じゃがうまく使うことじゃ」

アルファートリンは、祭壇のプライマス像を見上げた。それにつられ見上げたオプティマスは、そのまま視線をプライマスから外さずに、呟いた。

「…障壁が崩れ始めています」
「…ふむ」
「…来るべき時が、来ているんでしょうか」
「…やはりお主にも感じるか」

オプティマスは、目を見開き、アルファートリンの顔を見た。

「…奴が目覚め始めておる」

ふう、と腰掛けたアルファートリンの背中はまるくて、哀しげだった。

「レイラが魘されていたのも関係があるのですか?」

オプティマスに目線を移したアルファートリンは、静かに長く、息を吐く。

「お主にそこまで勘が戻っておるのなら話が早い」
「では、やはり…」
「ふむ、そうではないと願いたいが」

戸惑いを隠せないオプティマスは、あと5分です、という通信に応じることができなかった。

「覚悟をきめるんじゃ、オプティマスよ」
「…私は…」
「あんな闇の塊のような魂を閉じ込めておくには、あまりにもか弱く、未完成だったのじゃ」

分かりきっておったこと、そう言って立ち上がり、アルファートリンはオプティマスを見据えた。
腰の曲がった老体とは思えないその鋭い視線を、オプティマスは逸らすことなく、見つめ返した。

「そして他人に頼らぬレイラのあの性分、あのままでは身の破滅じゃ」

アルファートリンは小さな時から、何でも、全て透視するかのように把握していた。ずっと、そうだった。オプティマスは、何度もその包み込むような曇のない表情に救われてきた。

「…くれぐれも守ってやってくれ」

オプティマスは頷いた。それしか出来ずに。


─司令、お時間です

通信機から漏れる声は無機質だ。温度がない。
オプティマスはせかされるように、アルファートリンに縋った。

「…議会は今、貴方を必要としています。私一人では、民を正しき道へ導けるかどうか」
「…何事も経験じゃ。お主自身を信じよ。民を信じよ」
「私は、貴方が退いた本当の意味が知りたい。元老院は、いったい何を隠しているのですか?」
「…………」
「アルファートリン司祭様…!!」

さあっと、夜の風が吹いた。
入口から、しびれを切らした側近が顔を出す。
アルファートリンはそれを仰いで、そして小さく、答えた。

「答えは、オプティマス。お主の中にある。見つけよ、そして、打ち勝て。そしてこの儚き世界を、救いたまえ」

力んでいた、オプティマスの肩が落ちた。あたたかいアルファートリンの手が、オプティマスの腕をつかむ。

「頼む、オプティマスよ…、どうか、この素晴らしい世界を救ってくれ…」