実写パラレル/美しき悪夢 | ナノ
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10.冒険者の帰還

11時49分。
11時45分から休憩は一時間。それなのに、マギーはまだ受付でデータとにらめっこしている。レイラに手伝って貰おうかと携帯を開いたとき、彼女は今古代資料庫の吐きそうになるような分厚くて大きい本の山を埃まみれで整理しているだろうということを思い出した。ブラックアウトは今日は休みだし、他のスタッフも手いっぱいだ。
やっぱり自分でするしかないか。
携帯を閉じて諦めの境地。
そんな穏やかでないマギーの内情とは裏腹に、マギーを包み込むバロック式の重厚で装飾的な雰囲気を醸し出す図書館の曲線的な内装は女性的で、鼻ピアスにハイライトの入った金髪の彼女の現代的な外見と意外にマッチして、来る男性は其処にいるのが現代の女神様ではないだろうかという幻想を抱く。
違います。
大きく見える目はリキッドの方のアイライナーで(ペンシルもつかって)縁取っているからよけいに大きく見えるだけで、中身はゴシップに敏感でここのPCの中からハッカーに横流ししている情報もあるし、今おなかが空いていて、イライラしているただの職員なのよ。
マギーは鋭い洞察力がある。どんな風に見られているかだとか、どんな事を相手が思っているのかだとかが、あまり調べなくてもわかる。
男性の視線を痛いくらい浴びながら、虚像でモテても嬉しくないわよ、とため息をつき、作業をこなす彼女のもとへ「彼ら」が来たのは12時きっかりだった。
図書館の午前中というのはゆっくり流れるようで、割とせわしい。
空腹に耐えながら頭の中で早くランチに行きたい、を繰り返すマギーの精神衛生上よろしくないこの時間帯に訪ねてしまった不運な、通称「いつも来る銀髪」と、通称「黄色いその連れ」の二人組は、図書館という場所にいるには目立ついでたちをしている。迷うことなく受付につかつかと歩いてきた銀髪は、いつものように挨拶をしてきた。

「よぉ、おネェちゃん」

マギーは視線をPCから外すことなく、僅かにまぶたを下ろして、二階を指差す。

「……挨拶くらいできんのか?」

そんなんじゃいくら美人でも台無しだな、とすっぱり切り捨てられて、手すりを身軽に飛び越えて二階に上がって行く銀髪には、毎回腹が立った。
後ろから付いてきた黄色いその連れがいつものように、

「ごめんね、ありがとう」

と言って去って行く。
銀髪だけは色眼鏡で自分を見ない。こいつも自分と同じ人種、あまり調べなくても物事の80%は分かってしまうタイプなのだと、何度か会っているうちに知った。
マギーは、彼らをカマイタチみたいだなと思った。カマイタチは三人だけど、切る奴は銀髪で、薬を塗るのは金髪のほう。彼らはふたりでセットだった。
…今日はお昼ご飯、一人か。
マギーは気にとめることなく作業をつづけた。





それにしても寒い。
近代建築とは違うから、こんな古代書物の資料庫に、まして厳重に三重扉が施された向こう側に、冷暖房がついている筈がないのは重々承知だけれど、指先が悴んで感覚がない。
だいたい、資料がこんなに埃をかぶっている時点で、前館長は何をしてたんだ、と思う。
もう、いいけど。
レイラは、自分の背丈くらいに積み上げられた資料に顎を乗せて、一休みした。向こうから見たら生首みたいに見えそう、とかどうでもいいことが頭をよぎって、それから、昨日の夢を思い出した。
結論からつめだすと、オライオンは怒っていた。
怖いほう(セックスをするほう)のオライオンは一昨日まで、怖いといえど乱暴をしてまで無理やり手込めにすることはなかった。
昨日はどうして、あんなに切羽詰まっていたのか。
それがわからなかった。
魂は、俺のものだ
とは、どういう意味だろう。誰を思おうが、とは、どういう事だろう。
やっぱりあの草原のオライオンと、昨日のオライオンは別の人なのかな。
でも、顔は同じだ。
最初は、夢の中の人だからレイラのイメージの問題で、人格が安定しないだけだと思っていた。
けれど何度も会ううちに、安定していない割には、彼らしか出てこないということがわかった。
日替わり定食みたいに、「彼」という銀色の見た目の器に入った、たくさんの日替わり人格が出てきてもおかしくないのに、試しにそう思って寝ても、出てくるのはこのふたつの人格だけだった。
もしかしたら、現実世界で心にとても深い傷を負った人なのかもしれない。彼は記憶の海を漂うさなか、レイラの夢に迷い込んだのかもしれない。
だとしたら、彼を救えるのは自分だけかもしれない、

とここまで考えた時点で疲れた。
最終的に、自分の全ての精神世界を信じているにもかかわらず、起きている間はそれを否定しようとする。
所詮夢なのだ、と。
あの温かい感触は確実に実体があるように思うが、実際に彼を見つけ出したとき、夢での出来事を果たして自分のように覚えているのかもわからない。そうなったら、彼にとってはレイラこそが夢の中だけの住人だということになる。
現実世界で、一から基盤を築き、彼を振り向かせれるほど恵まれた容姿はしていないし、特別な魅力もない。人並みに物事を批判するし、むかつくことも多い。
魅力といえる部分は、何ひとつありはしないのだ。
そうなったらどうしよう。
未来がこわかった。
けれど、行きたかった。
一線を置かずに愛してくれるひとがほしい。
一線を飛び越えても抱き締めてくれるひとがほしい。

ずっと前にキスをしてほしかった人は、国家元首になってしまったから。

「いつか、誰もレイラをもらってくれなかったら…、そうだな。迎えにいくよ」

七歳のときに、ませていたレイラは、彼に好き、と言った。
けれど彼は抱き締めてはくれず、ただ穏やかに、そして眠りにつかずだだをこねる子供に言い聞かせるように、そう言った。
レイラはいつか彼に追いつく年齢になれると思っていたけれど、神父さまが生まれた時から神父さまだったように、彼は今でも変わらず、七年先を行っている。

"むかえ"が来るのを純粋に待てるほど子供でもなかったし、会えなくとも頑なに想い続けていけるほど大人でもない。

私が「おとな」になったのは、夢の中。ずっと、ずっと欲しかったもの。オプティマスがくれなかったものを、怖いオライオンはくれた。
激しくて、荒々しくて、はかなくて、抱き締める先のもの。
それを味わう手段が、眠るしかないというのはもう寂しかった。

夢でもし会えたら素敵なことね、と昔歌っていた人がいたけれど、夢でしか会えない場合は、現実が欲しい。
醒めない夢が、見たいのだ。

そんな思いから醒めさせた着信の主は、ジャズだった。





ジャズは相変わらずしなやかな出で立ちをしていた。中指に、銀の指輪をはめている。銀色の髪は短く、もみあげは耳たぶより少し長い位置までそのシャープな顎に向かってある。
グレーのシャツはパリッとした質感で、いつもしているバイザーは、シャツの下に着たTシャツの襟に片方の足だけを突っ込ませている。
お洒落、という言葉がよく似合う男だ。
バンブルビーは、すっかり仲良くなったデバステイターから、オムライスをふたつ受け取って、万弁の笑顔でふたりが座る席に遅れて腰掛けた。
亜麻色の髪は、いつか見た夢の中の天使の天井画そのままで、ゆるいくせがついている。それをうまく活かして立ち上げているのが愛らしかった。
目の覚めるようなイエローのTシャツには黒のストライプが入っている。腰で履いているくったりとした黒のボトムは若々しく、手首に巻き付けられた色とりどりのたくさんの皮革のブレスレットは、探検で日に焼けてしまった腕をさらに逞しく見せた。
図書館のカフェで彼らといると、女性たちの視線が集まる。それが少し嬉しくて、誇らしかった。

「いつ帰ってきたの?」
「いただきまーすっ!!」
「今朝方だ」

勢いよく黄色いオムライスを食べ出した黄色いバンブルビーは、なんていうか黄色い。
元気そうですね、とわざとかしこまって笑顔で言えば、口をもごもごさせながらジャズのオムライスを指差して、

「ひゃふもあっははいふひにはへなよ」

と言った。
レイラが吹き出していると、ジャズが

「おう」

と言って食べ出す。
今のでわかるんかい!!とツッコみながら笑うレイラは、ミルクティーの入ったタンブラーを口元へ持っていった。

「今回はどこまでいったの?」
「ケイオン遺跡だ」
「遠かった?」
「遠いもなにも、ネメシス遺跡の入口くらいまで行ったんだよ。おいら燃料切れになるかと思ったよー」
「ネメシスって場所、本当にあるの?」

アークから出たことのないレイラは、まるで神話の中をさまようようなジャズ達の話にいつも夢中になった。
ネメシスは、聖書に出てくる暗黒の地名だ。

「当たり前だ。後生大事に"上の犬"たちがネメシスの入口を守ってやがる」
「上の犬?」
「アイアンハイドと同業の奴ら」
「え、軍が遺跡を守ってるの?」
「それが現実。もう滅んじまったとこ守ってどうなるんだ。中は骨だらけだろ、たぶん。オプティマスは何がしたいんだか」

レイラは何度か瞬きして、それから、俯いた。

「今回の旅で思ったが、黒の風は天から吹くんじゃない、ネメシスから吹いてる」
「え?」
「あんまり呪いとか神話とか俺は信じる方じゃないが、アークの外は真っ黒な化けもんがうようよしてる、現実にな。俺は国がなにかとんでもない何かを隠してる気がしてならん」
「………」
「アークの外に出ちゃ駄目だよ、レイラ」

ただただ頷いた。国、オプティマス。どんどん動いていく現実は、もう施設で遊んでいた時代を置き去りにして、戻れない。レイラは話題を変えたくなった。

「あ、そういえば、探してたものは見つかったの?」
「ああ、あった」

レイラが目を輝かせる。ジャズは当たり前だろう、と言いながら戦利品を出した。
バターの箱のような本。この前神父から預かった医学書に少しだけ似ている。けれど医学書はクリーム色の表紙だった。
今回は真っ黒だ。
粉をふいていてチャコールにも見える。古いものなのだと言うことが分かった。

「お前のおかげだ。いつも悪いな」

ジャズがそう言うと、レイラは笑顔で首を振った。

「それで、何なのこれ?」

レイラが何気なく黒い本に触ろうとすると、ジャズがその手を掴んだ。

「依頼品だ、触るな」

あ、うん、とレイラは手を引っ込めた。

「しかも中身はどうやら黒聖書らしい」

小さくそう呟いたジャズはレイラを見て、興味あるだろ、と言わんばかりにニヤリとした。

「…本当に?」

ああ、と頷くジャズは、大事そうに黒い本をしまう。
黒聖書、と言われているそれは、闇に飲み込まれてしまった神々、ダークナイトの歴史が記されているという書物で、もうアークには現存していないだろうと思われていた。
ダークナイトは闇の星へ残り光の星を守った、というのは後付けだという説は、聖書を調べるうちによく見聞きしていることだったので、その黒聖書に本当の事が書いてあるのなら、読んでみたい気持ちはあった。

「黒聖書を集めてるコレクターでもいるの?」
「"上の世界"の連中さ。とにかく今回の依頼主は羽振りがよくてな。まだ若いんだが」
「それで、おいらたち今から届けに行くんだ。スクランブルシティへ」

ごちそうさま、と言ってバンブルビーは、空の皿にスプーンを置いた。

「へえ…」

レイラは興味なさげにあいづちをうった。
ジャズが目線を落とし、オムライスをつつきながら顎をしゃくった。

「で?」
「へ?」
「屁じゃねえよ、お前の依頼ってのはなんだ」

あ、うん、とレイラは頷いて、それから顔を赤くした。

「…あ、お金にもよると思ったんだけど、いくらくらい払えばいいの?」

ジャズとバンブルビーは、顔を見合わせた。

「…お前さあ、金払おうとか、本気で思ってたわけ?」
「レイラからお金とるわけないじゃん」

レイラはほっとしたように穏やかな表情に変わった。

「ただし次の依頼と並行してやるから、ちょっと時間かかるぞ」

ジャズはそう言って携帯をさわりだした。

「次は石板なんだ。またアークを出なくちゃ」

頷くレイラに、ジャズが口を開く。

「どんな奴だ?名前は?」
「あ、うん…お、オライオン…だと思う」
「は?」

ジャズの「は?」に、ああ、依頼するんじゃなかった、と思った。

「男?女?」

バンブルビーは関係なく問うてくる。

「あ、うん。男の人」
「どんな感じの男なんだ」
「どんな…銀髪で、赤い目をしていて、歳は…分からない」
「曖昧だね…」

バンブルビーが困ったように答える。

「だって会ったことないからわからな…」

はっ、とレイラが口を押さえた。バンブルビーが目を見開く。

「…あ、会ったことない人を探してって事?」
「あ、無理ならいいの」
「お前なあ、ネットで出会うのはやめとけって言っ」
「ちがうの、そうじゃなくて、」

レイラは俯いて顔をあげられなかった。
少しだけ、涙が出そうになった。

「無理ならいいから」


しばらく、沈黙が続いた。バンブルビーは、どうしていいのか分からない様子で心配そうにレイラを眺めた。

「いや、無理じゃない。だいたい、名前がわかってるから、大丈夫だろ」

命名法のことを言っているのだと思った。
アークでは、自分と同じ名前をもつ人は一人も存在しない。魂はひとつひとつ違うもので、その個人を表す印だといわれている。

「大丈夫だ、必ず見つけてやる」
「格安オムライスで、お受けいたしましたー!」

明るいバンブルビーに、レイラは笑顔を返した。
深く問わなかったジャズとバンブルビーの配慮は、心にしみた。

「いやあ、レイラが男を探してるとはねえ」

にやにやしながらレイラの顔を覗き込むジャズを軽くひっぱたいた。
いで、とジャズが頬を押さえた。レイラはむすっとした表情を一転させて、縋るように目の前の幼なじみふたりを見た。

「…お願い、します…」

頭を下げたレイラの頭を、ジャズがふわりと撫でた。

「任せろ、姫君」
「待ってて」

安堵して頷くレイラは、小さな頃から知っている彼女ではなくなっていることに、ジャズは気がついた。
可愛い幼なじみ。ああ、俺の妹。
名前も曖昧な奴とは、どこの馬の骨にそそのかされたんだ。
寂しくもあり、幸せを願いたくもあり。
食べることを再開したオムライスは冷めてしまったが、バンブルビーと笑い合う希望に満ちたレイラの笑顔に、ジャズは目を細めた。