実写パラレル/美しき悪夢 | ナノ
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4.陽はまた昇る

「顔色悪いわね」

マギーの持つフォークが、小さなプラスチックトレイに入ったサニーレタスを突き刺した。たっぷりとダイエットドレッシングがついてきて滴っている。

「そう?化粧が薄いのかな?今日」

そんなつもりはなかったんだけど、と言いながら頬に手をやり、脇に置いていたポーチに手を伸ばし手鏡を探す。正午を過ぎた図書館内のカフェは、沢山の人で混雑しざわめいていて、ほぼ満員状態だ。

「ううん、そうじゃなくて、血色の話。なんか最近疲れてない?鉄分足りてる?青白いわよ」

レイラのチークの入っていない顔を見て、マギーは羨ましいと言う。すっぴんでも充分いけるわよ、と。
レイラはそのたびにため息をついて、嘘だぁ、と笑う。
この仕事に派手な姿は要らない。しかし地味じゃなくてもいい。
内にこもりがちなレイラが、この一年で一番仲が良くなったマギーにメイクを多少なりと教わり、"化粧は隠すためのものではなく、補うものだ"という事を知った。
塗りたくるのは苦手だったし、化粧品の匂いは独特で嫌いなのだが、ここにきて少しだけ"美しく"ありたいという、形はないけれど小さな欲望がなんとなくレイラを7時半に起床させ、家を出る前の20分を鏡に向かわせている。
眉と目元、それからグロスだけの簡単なもので、慣れていないので20分。マギーに教えてもらった無香料の質のいい日焼け止めだけを、肌には塗る。
マギーは、"何もしないより何倍もいい"と言った。

「うーん、元気なんだけどなぁ」
「連勤だったでしょ、しかも昨日は教会行ったりきたりして大変そうだったし。よくやるわよねぇ」

私には無理、と言いながら頬杖をついて、マギーは辺りを眺めた。カウンター担当、いわゆる食堂のおじさんのデバステイターが此方に向かってくるのが見えた。おじさんといってもこの男、20代の若者である。見た目がおっさんなだけで。

「ほらよ、ホワイトオムライス二丁あがり。っていうかよぉ、てめえら自分で取りに来いこんちきしょう、何のためのビュッフェだ」

こんもりと濃厚なホワイトソースがかけられた、ふわふわのオムライスが目の前で食べてくださいと出来たてほやほやで待っている。
デバステイターは料理長でもある。その肩書きに似つかわしくない無精髭の生えた一見ホームレスのような見た目だが、この天才的に美味しそうな見た目の(実際物凄く美味しい)ランチには定評があって、それ目的で図書館に出入りする人もいるくらいの腕前なのだ。それを格安で食べられるのだから当たり前に人は集まるわけで。

「いいじゃない、ずっとあの調理場の中にいたら疲れるでしょ?ありがと」

マギーがそう言って手元のレタスを口に運んだ後、オムライスに手を伸ばす。そして一箱、新品の煙草をデバステイターに手渡した。レイラも丁寧に頭を下げた。

「ありがとね、いつも」

デバステイターは仕方なさげにひとつだけため息をつき、しかし煙草を喜んで受け取り調理場へ戻っていった。


「あ、そういえばレイラ、今度のプライムって幼なじみなんでしょ?」

プライム、という言葉にオムライスを掬う手を止めた。空白の表情でマギーを見つめる。

「…よく知ってるね」
「だっていつも来るあの銀髪が、名前よく出してるじゃない」

"いつも来るあの銀髪" の名前は、きっとマギーは知っているけど、口には出さない。存在が近くない知人の名前は、口に出しにくいという感覚はよくわかるから、そのことについてレイラは何も触れなかった。

「確かに最近頻繁にオプティマスの話してたかも…」
「凄い昇進よね、だって施設出身でしょ?」

そう言った後にマギーは、失言したと言わんばかりの顔で口を両手で隠して、取り繕って続けた。

「あ、ごめんなさいなんか誤解されそうな言い方をしちゃったけど私…」

レイラは、あ、ああいいんだよ、と優しく微笑んだ。
マギーが寂しそうに安堵した表情に変わる。
レイラとオプティマスは小さな時から戦災孤児向けの施設で、生まれた時から共に生活していた幼なじみだ。二人とも両親の顔も名前も知らない。それは紛れもない事実だし、これから先も変わらないし、身の上話をしたら寂しい顔をされることにも慣れていた。
不思議なもので、当の本人達はその事実に対して、聞き手ほど心を傷めたりしてはいない。生まれた時から両親を知らなかった事実が救い、だったのかもしれない。なまじ両親の記憶が残っていれば、そちらの方が耐えられないかもしれない、とレイラは19歳になった今でも思う。
むしろ施設での思い出は楽しすぎて、惑星戦争で星自体をなくし、両親も亡くしてしまった孤児達が、夜中に眠れず泣く姿を何度となく見てきた自分としては、こんなあっけらかんとした価値観で施設にいるのは申し訳ないと思うくらい、あっけらかんとした幼少期を過ごしたのだ。
そばにいたオプティマスもジャズも、アイアンハイドもラチェットも、それから同い年のバンブルビーも、皆同じ境遇だったから、自分でいうのもなんだが、強い絆で結ばれた家族のような存在だった。
レイラは結果"ひとりではなかった"のだ。静かに幼少期を思い出しながら微笑んだ。

「でもオプティマスは、王族の子孫だって噂があったんだよね」

マギーの目が大きく開かれる。

「それ本当?」
「うん、あくまで噂だったけど。アークが共和国になる前に統治者だった人の末裔だとかなんとか…」
「へぇ……」

開いた口が塞がらないマギーは、興味津々に身を乗り出している。オムライスはだんだん元気がなくなって、ぬるくなっているのが見た目で分かったので、なんだか悪いなと思い、スプーンで掬って食べながら話を続けた。

「でも、歴史書を見ても、王国歴があったなんて曖昧にしか書いてないし、王族だったら施設で育てられたりしないと思うんだよね」
「確かにそうね。矛盾点は沢山あるわ」

マギーはオムライスのひとくち目を口に運びながら肯いた。

「多分、オプティマスの性格上、弱い者イジメが嫌いだったり、何かと指揮を取ったりして施設のみんなをまとめてたから、誰かがイメージでそんな事を言い出して広まっていったんじゃないかなぁと、思うんだけど」

相づちをうつマギーを眺めて、レイラは顔を傾けて溜め息をついた。

「でも昔は、信じてた。オプティマスは多分いつか王子様になるとか」

ぶふっと、マギーがオムライスを吹き出した。似合わない事をするなあ、と、レイラは冷静に飛んできたチキンライスをふき取りながら、あ、だいじょうぶ?と笑いながらマギーに尋ねた。

「好きだったのね、要は」

レイラはまたもや空白の表情で目を見開き、掬ったオムライスがべちゃっと皿に落ちた音がして我に返った。

「いやいやいやいや、そういう意味の"王子様"じゃなくて」

レイラは、必要以上に取り繕うわけでもなく首を振りながら笑った。マギーが"分かっていて"からかったのが分かったから。

「じゃあ、今でも好き?」
「やめてよ」

更にマギーは声を出して笑い、その後少し真面目な顔になって言葉を続けた。

「なんだか今ほっとしたわ、私」
「?」
「なんか最近暗いんだもの、レイラ。よっぽど悪い男に入れ込んでるのかと思っちゃった」
「なにそれ!」

今度はレイラが吃驚したように笑いながら、オムライスの手を止めて、マギーを見た。

「例えばそうね…妻子持ちか、アーク追放者とか」

元殺人犯とか、他の星の王子様との身分違いの恋とか。そう言ってありとあらゆるマギーの中での「暗い恋」の例が指折りあげられてゆく。

「私が暗いってだけでそれだけの妄想が出来るのがスゴいよ」

またマギーが笑った。

「まあそんな人、出来たら紹介してよね」

からからと笑いながら、ちくりと何か小さな棘を刺されたような寒々しい感覚がレイラを襲う。その表情を悟られまいと、空元気を振りまく自分が虚しかった。

もうすぐ20歳になって、神からも、国からも、正式に"個人"として認められる。
来年レイラは、「転生の儀」を迎える。
身も心も成長し器が出来上がり、前世を切り離し、未来を受け入れる、大人になる。
そんな歳になろうとしているのに、
"夢で逢う男に恋をしている"
なんて、誰に言えると言うんだろう。夢の中で愛し合っているから大丈夫なんて、ばかばかし過ぎて笑えない。

寂しさは、募るばかりだった。