Confiance
Confiance
四週間近く滞在したが、ディエゴガルシア島の傾きかけた太陽を初めて見た。昼下がりの孤島は軍事施設が大半を占めているが、海を眺めればいいリゾートになりそうだなと思うほど紺碧のコントラストが美しかった。珊瑚が綺麗と言っていたマギーのことを思い出した。あの時、輸送機の中で不安に飲み込まれそうになっていた。
移動中、いざ2人きりになると一体何から話したらいいのか全く分からなくなり、黙り込んでしまった。伝えたいことは山ほどあった。
オプティマスは淡々と、ラチェットと国防総省へ出向いたことや、事態に収束がついたこと、今まで通りオートボットがここに拠点を置く許可を得られたという内容を静かに教えてくれた。そのいつもと何にも変わらない感じに圧倒されていた。いつもと変わらないから、伝えたいことが喉に引っかかった。結局相槌を打つだけで、最初の夜に行った海へたどり着いた。車が停止して運転席が開いた。
『気をつけて降りてくれ』
言われた通りゆっくり降りた。降りるとすぐに、オプティマスが何の躊躇もなく擬態を解いた。それを目に焼き付ける。金属が組み換えられながら身体のパーツに戻っていくさまに、なぜか今までの感覚とは別した感動があった。ずっと会えなかったオプティマスが、ここにいる。脚の側面にあるタイヤがキュルキュルと鳴ってゆっくり微調整をするように回ったり止まったりしている。それを見つめた。オプティマスの行動すべてに圧倒されるから、言葉が出てこない。
『…ユマ』
タイヤから目線をオプティマスの顔へ向けた。とても遠いところにある気がした。
「…ごめんね」
先に謝っておきたかった。目があったまま、オプティマスは瞬きをした。
『…謝罪するのは私の方だ』
「……」
『君の命を危険にさらした』
「…逆に、今までそれがなかったのが変なんだよ」
『何も変なことはない。君を戦いに巻き込みたくなかったのは本心だ』
「…私は、巻き込まれたかったのかも」
『……』
「うん、でも、今回死んでしまうかもと思って」
『……』
「軽々しくそう思ってたことを、何度か後悔した」
『…すまない』
「…でも助けに来てくれた」
『…しかし、』
「大丈夫だよ、ほら」
額の髪をはらい、オプティマスに見せた。
「幸いなにも失わずに済んだし、…あ、前髪は少し失ったか。じょりじょりしてる」
傷の縫い口周辺の髪が短く、指の腹で触ると本当にじょりじょりしていておかしかった。オプティマスに笑ってみせた。オプティマスは、穏やかな表情をして、海へと視線を移した。
『…君に、心から正しくないことをしたことがあるか、と問われ、その答えを思案していた』
いつ言ったか思い出しながら、瞬きをした。足元を見ると、白い砂が風になでられて漂っている。
『この星が、我々の星と同じ運命を辿ることのない未来を願った』
「……」
『私にとって、その願いは揺るがない。これは私の信念だ』
「うん」
オプティマスが、こちらを見た。
『私は…』
内側から発光するアクアブルーの瞳は、彼の命の色。
『私は、君の、君達の自由を守りたい』
「…自由…」
『生きる星があり、生きる希望があり、生きる場所があるという自由だ』
生きる星、オプティマスはそれを、かつて失った。
『生きる場所のない命は、自由とはいえない。私はかつてそれを同胞達から奪ってしまった。…戦いという道で』
「……」
『その時はそれが何よりも正しい事だと思っていた。しかしそれが私の、心の底からの”正しくないこと”だったのかもしれない』
「オプティマス…」
『だが、正しくないことの軌道を、正しい方向へ戻すことは出来る。生きていれば』
言葉が出てこない。いろいろな気持ちが寄せては返していく。
『その証明として、得たものがある。新しく、故郷と呼べるこの星だ』
「うん」
『そして、君がいる』
オプティマスが、膝をつき、身体が組み変わる大きな音をたてながらしゃがみ込む。大きな顔が近づき、表情豊かなカメラアイが動いている。
『私にとって、君は奇跡だ。私自身を取り戻すことのできる存在だ』
どんな顔をしたらいいのか分からなくなった。まずい、泣きそうだ。
『私の言葉で傷をつけてしまった。私の配慮不足で怪我をさせてしまった』
「…う…」
涙が抑えられなかった。優しすぎるよ、オプティマス。ちゃんと話を聞かなくてはいけないのに。
『我々には違うところがある。あらゆる意味で。それを避けては生きられない。受け入れなければならない。時には苦しい事もある、真実を見失う時もあるだろう。君が私と歩む事を諦めるというのなら、それは仕方が無いことだ。だが…、私は君の生涯を見届けたい』
思わず両手で顔を覆った。涙でぐちゃぐちゃだ。
『未熟で、未完成で、粗野な判断に走る危うい君を、見守っていたい。…叶うことなら、他の誰よりも近い場所で』
「……」
『そして私を君の一部に、君を私の一部にして生きていけたら、これより上の幸福はないと思っている』
ただ、頷くことしかできず、泣きじゃくった。
『使命ではない時間をくれないか、ユマ』
オプティマスの銀色の大きな指が、差し伸べられる。それに手を添えた。
『君が必要だ、君の存在が私の中で、己への信頼に繋がる』
「…ありがとう、本…当に…」
『こんな直接的な言葉でしか想いを伝えられない私を、許してくれるか』
覆っていた手をはらった。涙を拭い、息を整えた。きちんと答えなくてらならないと思ったので、しっかりとオプティマスを見つめた。
「…いろいろなことを、知ったから、」
『……』
「ちゃんと考えてみたんだけど…オプティマスがオプティマス・プライムであること、とか、オートボットの事とか…」
オプティマスのカメラアイが言葉を待つように思慮深く動いている。
「でも何度考えても、答えは同じで…オプティマスがどんな存在でも、私の中のあなたは、駅で間抜けに転けたときに送ってくれた、あの時のオプティマスで、」
『…』
「今時、どこを探しても、大丈夫かって、手を差し伸べてくれる他人はいないんだよ」
『…そうか』
「後先考えずに、そうされたことが、嬉しかった。知れば知るほど、嬉しかった」
『……』
「ありがとう、私の人生に、入ってきてくれて。私に色んなことを、教えてくれて」
『…礼を言うのは、私の方だ』
「私は何も持ってないから、出来ることは、オプティマスが生き抜くことを、心の底から祈るしかできないんだけど」
『……』
「出来れば、一緒に…」
重なり合った手の大きさは、全く違い過ぎて、なんだか笑えてくるほどだ。それほどまでに違う。何をとっても、この存在と自分は、違う、だけど、
「…一緒に、生きたいよ」
オプティマスが頷いた。
『…君がそう望むなら。共に、未来へと進もう』
ほんのりオレンジに染まり出した太陽を見上げた。オプティマスも立ち上がり、空を見上げた。彼のかつての故郷が、その向こうに、見えた気がした。
我々はこの星で
あらゆる過去と
そしてあらゆる可能性を見た
私は、オプティマス・プライム
同盟が続く限り
生涯関わるであろう人間との魂は
目に見えぬ何かで繋がっている
それがもっとも強い絆であるという事を
確かに感じたこの星で
もう一度私は、生きようと思う
───我々は、自由なのだ
”Confiance”=信頼