Reason
運命が創られる
サムが息を吹き返し、手元に転げ落ちた無意味な白い砂と混じってしまった魔法の砂は、ユマが絶命したまま握りしめている同じ成分の砂を引き寄せた。マトリクスが再生していく。サムはミカエラにずっと言えなかった事を言った。愛してる、と。この瞬間に、それだけの価値はあった。
立ち上がり、ユマの傷ましい遺体を一度見て、サムは痛む体を引きずりながら急いでオプティマスの元へ向かった。皆が見守る中横たわる、胸を打ち砕かれた巨体の上に跨った。
マトリクスを、オプティマスと垂直に振り上げる。
オプティマスと、ユマ。
彼らは僕を信じてくれた。
種族という隔たりを超えた二人。
二人はひとつだ。
僕には確信がある。
二人は共に、
「うおおおおお!!!!」
目覚める!
マトリクスが差し込まれたオプティマスは一度跳ね、その目に青い光が蘇った。
オプティマスが砂を吐く。隠していたカバーは翻り、その躍動感溢れる機体に、命が満ちた。
その復活劇でその場にいた殆どの者が見逃したが、ユマもオプティマスが目覚めたと同じ瞬間に、目を開いた。
「うそだろ……!?」
エップスは一番ユマの側にいたので、最初に気がづいた。生まれて初めて肺に空気を入れた赤ん坊のように息を吸った瞬間涙があふれたユマを、エップスは嬉しくて揺さぶった。オプティマスはゆっくりと起き上がり、ユマを見た。そして、サムを見た。
『…サム、戻ってきてくれたのか』
サムは真剣なまなざしで、しかし驚いたようにオプティマスを見ていた。
『プライムが生きている!信じられん!』
愉快そうにそう言ったのは、ジェットファイアだ。
ユマもゆっくりと起き上がった。オプティマスとは五メートルほど距離があった。
次の瞬間、不気味な音がして空が歪んだ。威厳をみなぎらせた、巨大な姿。
来たのだ。
その衝撃波で、オプティマスでさえ倒れた。周りに居た人間は、殆どが飛ばされた。
倒れたオプティマスに乗り上げた、"かつて"のプライムは、ゆっくりとオプティマスを踏みつけ、そして慎重にマトリクスを手中におさめた。
『…私のマトリクスだ…』
そう言って眼下を見回したフォールンがさらに虚仮にするようにオプティマスを踏みつけた。
『…貴様が最も"絶望する方法"で、この星を滅ぼそう…』
ユマは目まぐるしく起こる何かに目を瞑った。体が一度何かに掴まれた感覚がした。
フォールンが一瞬消え、また別の場所に現れる。マトリクスを持つ手ではない方には、ユマを掴んでいる。
『ユマ!!』
オプティマスの叫びに、フォールンの手の中のユマは、答えなかった。気絶しているのだ。
『…人間どもよ、お前たちの太陽をもらう』
力なくだらりと腕を垂らしたユマとマトリクスを、フォールンはトランスフォームして持ち去った。ピラミッドへ。
「まずい…!起きて!起きて起きて!」
すぐに追いかけようとしたが、オプティマスはよろめいた。
復活したばかりのオプティマスの体は完全ではない。
「オプティマス立って!」
サムが叫ぶ。
『立て!オプティマス!』
『急げ、オプティマス!』
アイアンハイドも叫んだ。ジャズも傍らで叫んだ。
『まずいな…』
ジェットファイアがかぶりをあげた。
「ユマが死んじゃう!マシーンが起動しちゃう!起きて奴を止めて!!!」
必死で叫ぶサムの声に答えられるほど修復していない。オプティマスは修復機能を何度も稼働させた。だが時間がかかる。
「オプティマス!」
『…かつての兄弟達も、私を止めることが出来なかった』
グレートマシンの際に立ち、それを見守りその通りと頷くメガトロンは、この高貴な師匠に頭を垂れた。ふわり、と浮くマトリクスと、気を失った小さな虫けらは、フォールンの力によりグレートマシンに吸い込まれた。
マトリクスが光を放ち始める。
『血の一滴も遺さぬ最期を』
その遺体を抱き締める事さえ許しはしない、オプティマスよ、エネルギーに圧縮され悶え苦しみ蒸発し消滅してゆくこの命を、ただ傍観しプライムとしての己の無力さを知るがいい。
フォールンは、立て続けに放たれる虫けらたちの作った玩具のような戦車をただ浮かせ引き寄せ、叩きつけた。ピラミッドの側面を転げ落ちていく原始的な兵器たちを、蔑む眼差しで眺めた。造作もない。眩い光で、ユマは意識を取り戻した。
「…!!」
体が動かない。
マトリクスが胸のあたりに見える。光っていて、触れると火傷をしそうなくらいの熱を感じる。
ここはどこ?
とても狭い機械の中に入っている。機械は生きているように躍動し、何かを待っている。
「な…」
ここは…
「オ…プティマス…、」
『生憎だな、奴は此処にはたどり着けぬ』
機械から出ようとしても、体は動かなかった。
ここは、
太陽の光を集める、機械の、中?
…起動、してる?
状況を理解する前より、全てを理解した後が混乱する。
「いや!!」
『─世界に別れを告げるがいい』
そう呟いた古代の堕落者は、今にも手中におさめられそうなこの地を仰いだ。
『全てが闇に支配される』
浮き上がる瓦礫を満足気に、フォールンは見つめた。