Reason
ウィトウィッキー
半地下の通路を抜け、爆発音を直に聞きながら走るのは、怖さを通り越したものだった。肌を撫でる煙が熱い。砂の斜面を、懸命に下る。
「サム!?」
目の前に見えたのは、ここでは絶対会えない、絶対会わないはずの人物だった。サムの両親だ。
ロンとジュディ。フランス旅行ではなかったのか。サムも困惑していたが、再会の詳細を聞いている場合ではなかった。それどころではない。
「何かわからんが逃げろ!」
「父さん!」
ドンッという音と、地面の揺れでその場にいた五人はよろめいた。
ディセプティコンだ。
腕のクローラーをムチのように振り上げている。至近距離だ。
ユマとミカエラがとばされた方の壁を爆発させたこのディセプティコンに、サムはいよいよ手を挙げた。
「サム、逃げろ!どのみちみんな殺される!」
ロンが構わず叫んでいる。
「違う!狙いは僕だ!」
「いいから逃げろ!!」
『サァァァムウィィトウィィッキィィ………』
サムは怯むことなく、マトリクスを持った砂を掲げた。壁に隠れた黄色い親友の陰を、サムは見逃していなかった。
「こいつが何を要求しているか知らんが、早く行け!逃げろ!」
ロンの言葉に、サムは動かなかった。それどころか、ディセプティコンに話しかけている。
ユマとミカエラはよろめきながら、それを見つめた。
「狙いは僕だろ?マトリクスの事を知ってるのはこの僕だから」
じりじりと間合いを取るサムが、慎重にディセプティコンを見上げているが、両親は錯乱していた。大切な息子を失いたくないのだ。
「撃たないで!頼むから、これが欲しいんだろ!?」
バチン、とクローラーが音を立てる。
「これをあげるから…」
靴下を掲げたサムが叫ぶ。
「バンブルビ─────!!!!」
電子音を上げ飛び出したバンブルビーが、ランページを押し倒した。目まぐるしい動きに全員が退避した。
「…やっつけろ、ビー…!」
ちょっとやりすぎる事をいつも怒るサムも、気違いのエイリアン扱いする両親も、バンブルビーにとっては新たな故郷の家族だ。それを傷つけた。憤りを存分にぶつけてやろうと攻撃した。
素早さに勝るバンブルビーは、ランページの攻撃をかわし、その腕をつかみ振り回した。ランページのメタルジョイントが裂け、腕が折れた。声にならない電子音をあげ、もう片方の腕を振り回した。
人間たちは砲撃をよけ続け、バンブルビーの攻撃を固唾をのんで見守った。
その時、脇から別のディセプティコンが出てきた。背中から何発も撃ち込むその姿は、四足歩行の、金属の獣だった。
飛びかかる獣の
ディセプティコンの攻撃にバンブルビーは一度だけ電子音の叫び声を上げたが、すぐに体をつかみ返し、その怪力で金属の獣の脊椎を引きずり出した。一瞬の出来事だった。
そしてあらためて、ランページの残った腕をつかみ、背中にねじり上げた後、空中に飛び上がり、力いっぱい、もう思いっきり蹴り落とした。それがとどめとなった。
バトルマスクを素早くあげたバンブルビーが、全員の無事を確認する。
「ビー…」
サムのつぶやきに、大丈夫!といわんばかりにバンブルビーは電子音をあげ大きくうなづいた。
空母のブリッジで通信を受け取ったワイルダーは、ヨルダン軍からの無線通信と聞かされていた。
しかし、どこをどう聞いてもそのような類の通信ではなかった。
「──出るのが遅かったな!衛星は300もあるってのに何やってるんだ!?まったり昼ドラでも観てたのか!天気予報でも流してるのか!?」
「誰だ?」
「──名を名乗れ!水兵!」
ふう、とため息をつき、その立場に相応しく、ワイルダーは落ち着いて返事を返した。
「私はUSSジョン・C・ステニス艦長のL・W・ワイルダーだ」
名乗ると、通信主は少し落ち着いたように声を変えた。
「ああ、艦長か。
私はセクター7のシーモア・シモンズだ。機密だとかどうだとかいう話は抜きで聞け!ロボットが太陽を爆発させようとしてる。この時点で最後の望みはそっちが積んでるレールガンだ!マッハ7で撃ち出せるやつ」
ワイルダーは困惑した。
「それは機密情報だ」
「───だぁぁぁっから機密だとかぬかすのはやめろ!!四の五の考えずに地球を救え!!!!」
聞いてしまった以上は、信じるか信じないか決めなくてはならない。ワイルダーは決断し、通信を切った。
激戦の中、シモンズが伝えた座標通りの場所に、レールガンが放たれた。
ピラミッドを掘り起こしていたデバステーターが、唸って散り散りに解体して弾けた。それに一番喜んだ男は、スミソニアン博物館で盗んだ暑苦しいジャンパーを脱がないまま、雄叫びをあげた。
「よっっし!よぉぉぉぉし!」
サムとユマとミカエラ、そしてサムの両親は、雨のような爆弾にただ哀れに逃げまどうしかなかった。左に抜けようとすれば左へ、奥に逃げようとすれば奥へ着弾して、とうとう逃げ場を失った。ロンが全員いるかを確かめたあと、口を開いた。
「とにかく逃げるぞ!いったい何が起きてるのかわからんし、そもそもここがどこかもわからんが、とにかく逃げよう!」
柱とは逆方向に走ろうとするロンを、サムが慌てて抑えた。
「父さん聞いて、バンブルビーに乗って安全なところまで避難して、僕は後から行くから」
「何を言ってる!?」
「バンブルビー!二人を連れ出せ!」
「そんな事が出来るか!」
「僕は行かなきゃ」
「駄目だ!大事な息子を置いていけるか!俺の息子だぞ!息子だ!」
命のやりとりである。父の眼差しは息子を救いたい一心、息子の眼差しは世界を救いたい一心。もう誰が死んでもおかしくない。
「いい?必ず戻るから、僕は行かなきゃ。お願いだから言うとおりにして。立ち止まっても隠れてもいけない。後で行くから。わかった?僕にはやるべき事がある」
「駄目だ!」
「ロン、」
そのサムの断固とした態度に助け船を出したのは、世界一サムを可愛がってきたであろう、母のジュディだった。その顔は息子を大切にしてきた母の慈愛と理解に満ちていた。
「ロン、行かせてあげて」
とうとう、ロンは反論出来なくなった。
「必ず戻れ!いつでも一緒だぞ、サム。どんなことがあっても」
サムはかたく頷き、ミカエラを見た。ジュディが走りながらミカエラ、ユマ、と呼んだ。
「君も逃げて」
「離れないわ」
ミカエラの意志は固かった。サムは頷いた。そしてユマを見た。
「…行こう」