Reason
未知との遭遇
国防省のNEST司令部が、そのただならぬ異変を察知したのは、ちょうどその頃だった。
「将軍!!オートボットからのSOSです!!複数箇所でディセプティコンと接触しています」
モーシャワーはオートボットの現在位置を指し示すモニターを凝視した。
「敵の数は?」
士官は首を振る。
「わかりません」
「でははっきりさせろ」
技術兵が振り向き、さらに動向を報告する。
「オートボットが動き始めました、チームに分かれています」
「どこへ向かっている?」
「ニューヨーク、それから、フィラデルフィアです」
ユマたちが華奢なエイリアンに狙われる直前には、NEST部隊に命令が下っていた。
世界一の精鋭部隊は、最速記録を出そうとしていた。これは明らかに緊急事態。おそらく放っておいたら最悪の事態になる。司令センターにて命令を受け取ったレノックスが、まくし立てるように声を張り上げた。
「すべての武器を!!全班任務につけ!!!」
プラズマ弾の音が大きすぎて、逃げる学生が叫ぶ声さえ遠い。駐車場にまで混乱の波紋が広がり、パニック状態の学生が、まるで爆発寸前の客船からパラパラと海に飛び込むように、あわれに逃げていく。車は交通ルールなんて言っていられないという勢いで、蜘蛛の子よろしく散っていく。
ミカエラは、ロックのかかっていない車を見つけ、ドアを開け、四人はステアリングの裏に隠れた。
「乗って!!」
サムが促し、レオと後部座席にのる。ふと、ミカエラが何かに気づきサムに叫んだ。
「あの箱を取ってこないと!」
あの箱、は、ジタバタして時々中から声が聞こえた。サムからそれを受け取り、その間にミカエラがイグニッション周りのパネルを剥がし、配線同士のカバーを引き破り、むき出しになった部分をショートさせる。
ミカエラの手の中で火花が散るのを後ろで眺めていたレオは、思わず身を乗り出した。
「エンジン直結できるの!?」
ミカエラは必死でエンジンがかかるよう作業を続けている。
「…かっこいい」
心底シビれた、といわんばかりのレオは気づいていないが、目の前に敵が迫っていた。
「きた!!」
サムも何がきたかを確認して、いよいよ慌てた。
「来る来る来る来る!!急いで急いで!!!!」
涼しい顔をした今は人間の姿をしたディセプティコンは、勢いよく擬態を解いてボンネットに飛び乗り、フロントガラスに穴をあけた。それと同時に、運転席以外の三人が恐怖に負けそうになっている横で、恐怖とは別の感情が渦巻くのを剥き出しにした存在が一人。
「うわあ!!やばい!!掴まれた!!」
サムが助手席の窓から引っ張られようとした寸前に、ミカエラが勝ち誇ったように怒りをぶつけた。こうなると彼女を止めることは誰もできない。
「これでもくらえば?」
ミカエラが、放送禁止用語を言うのと同時に、車は電灯柱に真正面から激突した。
生まれて初めて、交通事故に遭遇した。
しかも故意の。
ゆっくりバックする潰れた車は、虚しくしがみつく(もうそうしていることさえ、これは気づいていないだろう)潰されたディセプティコンを、さらに踏みつぶして進み出した。
もうさっきまで怯える対象だったものが脅威じゃなくなった瞬間、レオが三人に詰め寄った。
「おい、なんなんだよ!!お前らなんでそんなに冷静なんだ!!エイリアンの存在を知ってたのか?」
サムは、仕方なさそうにため息をついた。
「今のはまだ小さい方!!彼女の"彼"なんて8メートルだ!!」
振り向かないまま、サムが親指で差した方向はレオの隣に座る真横だった。口を開けたレオに、ぽかんと見つめられ、思わず「ん?」と声を出した。
「あぁ、うん、"立った"時はそのくらいかな?"全長"を測った事ないから、はっきりは…」
レオはもっと目をむいた後、自身の股間に両手をおいた。
「た、"勃った"時…」
呆れ顔のミカエラは心底軽蔑した表情を見せたが、何も言葉を発さなかった。
その時、大型ヘリがまっすぐ降下してきたので、いきなりミカエラは急ブレーキをかけた。突然の出来事にひるむ暇なく、車体の天井から、巨大な金属の塊が突き刺さった。これには全員が叫んだ。
「マジかよ!!マジかよ!?」
レオは失禁寸前だ。
車体は浮き上がり、対向車に激しくぶつかった後、不安定にふらふらと高度を上げていく。
衝撃で助手席のドアが開き、サムが海の上へ投げ出された。
「サム!!」
「ううああああ!!」
必死に掴まっているサムを、全員で引き上げる。
「掴まれ!!」
「サムしっかり!!」
なんとか助手席にサムを戻し、しかし空中で振られたり回転する車内で、正気を保っていられない。
「死にたくない!死にたくないよお!!」
レオの叫び声が車内に響いていたと思ったら、今度は突き刺さっていた鉄の塊が抜け、車は垂直に落下し始めた。
またも叫んだ。
ジェットコースターにはもう乗れない。フリーフォールにももう乗れない。そんな体が浮く落下に、もう絶対死ぬと思った。
騒音と、エアバックのはじけた音で、ようやく車は止まったものの、衝撃は最悪だった。
最悪は、それでは終わらなかった。
ギリギリと巨大な刃物が車体を真っ二つにしたのだ。
「きゃああああ!!」
「うわああああ!!」
涙を流さない事で精一杯だった。
ぱっくりと開いた車体から、全員が散らばるように降りた。
見上げると、赤い目のディセプティコンがサムに唾を吐いている。サムは、慣れたように手を挙げた。
「!!!!」
スタースクリーム、と思った。
オプティマスに一度だけ教えてもらった事がある。二年前に、唯一逃げ出したディセプティコン。もちろん、オプティマスのホログラムでしか見たことがない。そう思っていたら、信じられないことに、後方にいたのはもっと恐ろしい存在だった。
『来い、小僧!!』
サムは両手を上げる。
「わかった…」
『近くへ』
階段を駆け下りるサムに、ミカエラが叫ぶ。いてもたってもいられず、サムを追いかけようとした。
オプティマスに、「こっちは任せて」と約束した。彼を守らなくてはならない。なにもできなくても、オートボットが助けに来るまでの時間稼ぎになれば、と思った。
『覚えているだろうな?』
「サム!!」
その矢先、見当違いのところから体を掴まれた。
「!!」
『貴様はこっちだ、"ユマ"』
名前を知られている。
掴んできたディセプティコンを見上げた。
「ユマ!!!!」
スタースクリームは、観客二人に見向きもせず、こちらの体を手中に収めたまま少年と閣下のやり取りを涼しい目で見始めた。
「やめろ、言うことを聞いただろ?みんなに手を出さないで、」
『黙れ!!!!』
サムは弾き飛ばされた。
ミカエラが涙目になって彼の名を叫んでいる。
『憶えているな?』
スタースクリームの手中で、サムの名を叫んだ。しかし体が折れそうなくらいに締め付けられて、声が出せなくなった。
『…貴様はあの虫けらの"処理"が済んでからだ』
息を切らしながら、サムを必死で見つめた。
最悪だ、
あれは、
なんで生きているの?
あれは、
─メガトロンだ。
心の中で、宇宙一の名前を、何度も叫んでいた。
早く助けにきて、早く、オプティマス!!
09/07/13