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Confiance

日常と非日常の狭間で

巡り巡る星同士がさまよう宇宙で偶然衝突したような希有な出会いは、あらためて思い返すと言葉にならない。驚くほど単純な判断を下した。合理的な判断能力を司る回路ではなく、本能がそうさせたように思う。だが二人で共に過ごす日々は、まるで生を受ける以前からそうだったかのように当たり前にとけ込み、信じられないが生きる基盤となっている。物事の基盤が信念ではなく物でもなく限りある生命というのは当然だが不安定だ。たとえ誓っても永遠に続くとは限らない。だが、だからこそ大切だと思う。新たな故郷を故郷と呼ぶことに違和感がなくなってきたのは、この星の勇敢なる極秘部隊との共闘における極限状態由来の固い友情と絆(これは戦場を経験しなければ理解し得ないこと)はもちろんだが、こと自分に関しては、今目の前にいる彼女の存在がとても大きいと思う。
先程から、キッチンの蛇口を捻ったまま人差し指を流れる水にさらしているユマは、ゆっくりとかぶりをあげ、こちらを見上げた。

「ひりひりする…」

表面だけをスキャンすると、人差し指の先端に軽度の炎症。テーブルには型に入ったままの小さなケーキがある。焼きたてだったが、忘れ去られたかのように置いてけぼりで、その熱がただ逃げてゆくだけでたたずんでいた。

『熱で傷めたのか』
「うん、さっきオーブンから出すときに」

この言葉を使うとなぜか怒るので口には出さないが、彼女は人間でもかなり間の抜けたしくじりをする方だと思う。

「はー…」

赤くした指をさらしたままため息をひとつついた彼女を見つめていると、ダークブラウンの髪の間で、ゆっくりと口角があがった。

「一晩冷やせば多分おいしいよ」

まっててね、というユマに首を傾げる。

『一晩も冷やしたら血流に影響するのではないか?』

もう必要以上に冷たくなっている指を見つめてそう呟くと、ユマは一瞬目を丸くして、それから湿度なく笑った。

「ちがうちがう、こっちじゃなくてそっちの話」

顎で示したのは、テーブルでぽつんと待っているケーキ。

『ああ、なるほどな』
「でも自信ないんだよね、どうしても食べたかったから作ってみたけど」
『巧くできてるじゃないか。見た目は』
「見た目は、ね」
『よほど好きなのだな』
「うん」

好き、と見上げてきた茶色の虹彩とかち合う。
髪を指に通すと、微笑みが返ってくる。

「夜になったら食べようね」
『ああ』

結局我々は、ケーキを待つ余裕は持ち合わせていたが、互いを求める夜を待てなかった。今年に入り、日々が二人を許す時間は短くなった。安息日が終わったと告げるように世界中で暗躍し始めた敵軍は、地球人との同盟でくい止める以外方法がない。夕方になる前にまた基地に戻らなければならない報告が入る。それは悪い予感として自身の中でも駆け巡るのだが、その空気というものは図らずも彼女にも伝わるのだろう。我々は無言のままで、離れてしまう夜を考えないように、意思疎通も行わず、ただ存在を確かめ合うように体を重ねた。
重ねた熱を記憶を司る回路に流し込む。
何度も何度も処理する作業を繰り返しながら抱いた。
次に帰ってくる保障などどこにもない。
自身の能力を買いかぶってはいない。
私もいつか、尽きるのだ。
無心になり抱く事に意味なんてあるのかと人間のあり方を観察していくうちに疑問に思っていたが、暴力以外でこれほどダイレクトに何かを伝える手段を、知らなかった。
日増しに彼女は心地良く己を浸食していく。宇宙の一部にとけ込んでゆく気分だ。自身が選ばれし者ではなく、ただの存在であるのだという自覚を、この行為では見出していた。
己の使命は逃れようとも思わなければ苦にもならないが、存在する意味を作ってくれるような彼女の存在は生きる上の甘さそのものだった。弱さが露呈していくのだ。
彼女が──、赦しの救世主なのか、それとも怠惰と衰退への使者なのか、その由来は不明だった。
ただ云えることは、確かにこの存在を、愛しているという真実だけだ。

2010/01/05