実写/バンブルビー | ナノ
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I Need You!

新しい世界

サムの家で、バンブルビーから腰を掴まれて慌て、だけど怖がると彼も嫌がる、それは分かっていたからできるだけ表情には出さなかった。家の二階からサム達を見下ろしているような感覚だった。こんな風に彼からは見えているのか、とやたら感心した。それから、まるで紳士のようにバンブルビーは芝生の上にしなやかに身体を降ろしてくれた。そのほんの少しの優しさがむず痒い。少し離れて、とラジオの継ぎ接ぎで伝えられ、やっぱり人工知能じゃないんだ!と今更ながら感動する。
少し彼と距離を取り待っていると、バンブルビーは一度、大きな大きな人差し指を素早くこちらに向けてウィンクをした。そして、二足歩行の複雑で精巧で頑丈な作りの四肢たちが規則正しく、しかしバラバラに動き、たくさん組み替えられ、ゆっくりと見慣れたカマロに戻っていった。息を呑み瞬きをも忘れ、じっくりとそれを見た。なぜか戸惑う程に胸が高鳴り、同時にワクワクした。

「"明日の予定は?"」

運転席のドアが開くとともにそんなセリフが流れ、おそるおそるそこに近づきながら、なにも、なにもない……と吃りながら手をついた。サムとミカエラが見守る中、ゆっくりとそこに座り、車内を見渡した。勝手にドアが閉まるのを慌てて見つめた。

「"友人を紹介しよう"、"今からご同行を?"」

頷いているうちに窓ガラスが勝手に開き、その向こうでサムとミカエラが近寄ってくる。

「何かあれば、連絡して」
「大切にしてね、私たちの思い出の車」

彼等はバンブルビーが今からどこに向かうかを知っているようだった。ミカエラの言葉に込められた万感の思いを知るにはまだ早過ぎる気がして、微笑んでただ頷くだけにとどめた。名残惜しそうに見送る彼等を背に、カマロはゆっくりと走り出す。
明日は休みだ。彼を知るには、充分時間がある。



緊張や困惑、そして悩んだため昨日の寝不足で、車を購入早々に居眠りをしてしまった。それほどバンブルビーの運転が心地よかったともいえる。
着いたぞ、とぶっきらぼうなおじさんみたいなセリフをカーステレオが流し、それに呼応されゆっくりと目を開けた。頑丈なフェンスがそびえ立つ入口へと、バンブルビーがゆっくり身体を進ませている。

「ん、どこ……」
「"ホーム"」

ホーム、とは。

「"保護区だ。我らオートボットの拠点"」

今度はとても低い声だった。曖昧に頷き、こんな軍用施設みたいな見た目の場所に、勝手に入り込んでいいかだけが心配になった。

「"人生ハードモード"……"だけど、少しだけ我慢できる?"」

問われる意味ははっきりと解らないが、曖昧に微笑んで頷く。



バンブルビーが目的の建物の前に着き、すうっと動いた頑丈な扉の中に吸い込まれていく。身分証を用意しておいて、と言われて、免許証を出しておいた。入口の警備がそれを素早く読み取るような動作をし、眠たげに顎をしゃくった。なんだか途端に居心地が悪くなった。

「"色々な奴がいるから"…"気にしない。気にしない"」

表情を見抜かれ、思わず胸の奥が跳ねた。やっぱりバンブルビーは表情を読み取るのに長けていると思った。
心配をかけたくなくて笑顔を貼りつける。
巨大な建物に入った後、バンブルビーが止まり、扉を開けた。それが合図となり辺りを見回しながら降りてみる。周りには、高級車や普通の車、バイクなどがあちこちに並び、それらが全て二足歩行に変わっていくさまを、ただ唖然としながら見回した。まるで、殻に閉じこもったヤドカリが警戒を解いたような。そんな静と動が入り混じった光景が360度。また0度に戻った時点で、バンブルビーは変形の途中だった。ゆっくりとその姿を変えるのに感動しっきりで、うまく言葉が出ない。こわい、めずらしい、それから、親しみがわく。そのどれもが結びつかないようで絶妙に絡み合っていて、最初に伝える言葉に困ってしまった。
変形したものたちは其々、おお、人間だ。ビーが人間連れてきたぜ!小せえ。口々に何か話をしている。聞き取れない言語を話す者もいた。

「───ビー、まだお前、人間と連むつもりなのか」

低い声が響き、声のする方へ振り向くと、真っ赤でツヤツヤで、切っ先のようなフォルムのオートボットが腕を組み、こちらを見下ろしている。バンブルビーとは印象がまるで違う。視線がかち合った瞬間、赤のオートボットはシュンと鋭い音を立てて肘のあたりから鋭利な刃を両腕に剥き出させ、

「ここは部外者立ち入り禁止だ」

捕食されるかのような態勢になった。思わず腰を抜かし、えぐられるような視線が痛く、思わず声を出すのも忘れた。しかしバンブルビーがそのオートボットとの間に入り、両手を広げた。正直そうしてもらえなかったら、ここで孤独を苦に死にたくなっていたかもしれなかった。彼がさっき放った、人生ハードモードの意味がなんとなく咀嚼出来た気がした。

「ディーノ!そのくらいにしておけ」

別の方向から聞こえたキレの良い低音の声も男性だった。赤いトランスフォーマーを刺激しないように目を逸らす。頭がついていかないし、バンブルビーごめんなさい、ちょっとやっぱり大き過ぎて、あなた以外は、怖いです。思わず彼の足元に擦り寄る形になってしまう。個々に微妙に違う色のアクアブルーのたくさんの瞳が、発光してこちらを見ている。その中でゆっくり近づいてきたのは、シルバーのトランスフォーマーだった。さっきそのくらいにしておけ、と言ってくれたのは、このロボットかな。彼はバイザーをしているため、瞳を見ることはできなかった。

「よくきたな、人間の少女よ」

少女、という言葉に、なぜか彼と月くらいまでの距離を感じてしまった。丁寧なのか、それとも馬鹿にされているのか、ロボットの表情はまるで分からない。後者のような気がしたが、彼の態度に、前者かもしれないと思いなおした。

「は、初めまして」
「名前は?」

すうっとしなやかに屈まれ、近づいてくるバイザーが照明に対して虹色に反射したので思わず目を細めた。ちらりと横のバンブルビーを見上げたら、僕の上司で友人さ、とやはり何かの台詞を引っ張ってきてそう紡いだ。小さく頷いている。

「ユマです」
「宜しく、ユマ。俺はジャズだ。そっちの失礼なフェラーリはディーノ」
「よ、よろしくおねがいします」

彼らがリーダー格なのか、分からないがバンブルビーがここに連れてきたということは、挨拶をしなければならないということなのだろう。そう思い、丁寧に挨拶をした。

「お前が買ったそいつだが……」

ジャズがしゃがんでいた態勢を戻し、バンブルビーを一瞥し、そしてまた視線を戻した。

「言うことを聞かない事で有名だ、くれぐれも気をつけろ」

笑いを堪えたようなその物言いに驚いてバンブルビーを見上げると、心外だと言わんばかりに両手を挙げた。そして、さぁ?といわんばかりにとぼけた仕草をした。宇宙人のそういったやり取りにまだまだ頭がついていかず、どこかふわふわと他人事のようにそれを見ていた。俺の?どこが、と継ぎはぎで言い返すバンブルビーに、お前ほど指示を無視する奴もいない、と背筋をピンと伸ばして、荘厳とカジュアルを併せ持ったようなジャズに、安心感を覚える。ディーノは興味がなくなったように踵を返し、どこかへ行ってしまった。それを合図に、遠巻きに見ていた他の仲間たちも視線がどんどん外れていった。

「オプティマスに会うのか?」

彼らはどこかに向かって歩きだし、ジャズの言葉に深く頷くバンブルビーを見ながら、そろそろと二人の後を追いかける。オプティマス、とは誰だろう。

「───……おい、オイなぁ、姉ちゃん」

さっきから何か聞こえる。ような気がする。何処からか。きょろきょろと見渡していると、足元に振動が走った。

「ここ、ここ。下だよ、下」

これはまた随分小型だ。おもちゃのロボットみたいだ。だけどさわったらビリビリしそうな水色の髪の毛が発光していて、それが歩くたびに揺れている。どんくせえなと神経質な声で吐き捨てるようにそう言われ、なんだかムッとした。小型のロボットも銀色だが、個々に体のつくりも随分違うようだ。彼にとっては大きなタブレットのようなものを手に抱え、それを軽快に……とはいえないが、ジャンプして渡してきた。意図が汲めず、しかしとりあえず受け取る。画面には、派手なゲームスタート画面がちらついていた。

「ちょうどよかったよ、人間のモニターが欲しかったんだ。これで一儲けしようって思ってるんだけどさ」

捲したてるような物言いの小さな彼にとにかく頷く。これ、どうすれば。

「これ、アプリだよ。メガトロンの頭ん中に入って危険分子をほっかほかなマトリクスイオンで結合させて善人にするやつ」

バンブルビーとジャズを控えめに追いかけながら、スタート画面を押した。すさまじい解像度だ。どうだ、新しいだろ!ジェイルブレイクしたiPhoneだと操作するやつがディセプティコンになるって裏設定、メガトロンを弄り倒せるんだ、どう?儲けられるかな。いや、どうって言われてもなんのことか全く分からないんですが……
そんな応酬を交わしつつ、視界にはジャズとバンブルビーを入れたままで追いかける。
すると、緑のコートを翻したトランスフォーマーと、タイヤが足になった銀色のトランスフォーマー、それから侍のようなトランスフォーマーとすれ違いざまに話しかけられた。

「───地球の金なんて稼いで何に使うんだよ」

銀色のトランスフォーマーがそう言いながら立ち止まり、緑のコートのトランスフォーマーが

「宇宙船を買ってこんな星オサラバしようぜって話、違うか?」

言うなり咥えていたピンをこちらに向けて緩やかに摘み目の前で振るわせ、気怠そうに見せた。彼らは地球があまり好きではないようだ。
侍の姿のトランスフォーマーは何も言わなかった。ただ穏やかな視線だけをこちらにくばせている。そうしていると通路脇の窓口で、女性の声が聞こえた。

「自殺する気?こんな低能な生命体の作ったもので空を飛ぶなんて信じられない」

蔑んだ目で見られているのは、人間の自分でもよく分かった。とても嫌な目だった。女性タイプのトランスフォーマーもいるんだなあ。
別に宇宙船を自分が開発したわけではないが、何とも言えない複雑な気持ちになった。そんな気持ちを引きずったまま、通路の行き止まりの大きな扉の前に着いた。
大きな扉を開けた先には、今まで見た中で一番大きなオートボットが佇んでいた。炎のペイントが印象的のブルーのロボット。その傍らにはライムグリーンのロボット、そして屈強そうなブラックのロボットがいる。彼らが年長者であることはなんとなく察した。一番大きなブルーのロボットがリーダーであるらしい。大きなその顔に見つめられると、何ともいえない無言の圧力が横たわっている。なぜか思い切り緊張した。

「は、はじめまして、ユマです」
「オプティマス・プライムだ」

ついてきたジャズが将校であることや、ライムイエローのラチェットが軍医であることなど、オプティマスプライムが丁寧に、そして穏やかに紹介をしてくれた。バンブルビーは潜入捜査を主に任される斥候という立場なのだそうだ。とても遠い世界の話のようで、そうではない現実に、ついていくのがやっとだ。

「彼は勇敢な戦士だ。新たに友となった君を、オートボットは歓迎する」

彼の言葉は、何かとても重いもののようにも、この選択をして誇らしいとも思えた。



帰り着いたのは日付が変わったころ。帰りのバンブルビーの中で、彼らの珍しさを興奮しながら思い出して盛り上がっていた。バンブルビーも、彼らの日常を色んな映画やCM、ラジオなんかのセリフを交えて面白おかしく話してくれた。しかし頭がひどく疲れていて、やはり途中から記憶が消えた。
疲れた目を開けると、ほんのりシトラスの香りがした。気が付いたらガレージの中だった。

「えっ、ご、ごめん寝てた」
「”疲れてるのさ”」

ドアを開け、降りるとバンブルビーは穏やかに元の姿にもどった。だんだん、すこしずつ慣れていかないと。いつ見ても芸術品のようで、完全無欠の変形だ。生き物の体だなんて、いったい誰が信じるっていうんだろう。変形した後の彼は片膝をついてこちらを優しく見ている。

「疲れたけど、新しい世界って感じで……楽しかった!」

バンブルビーの大きな手が、ゆっくりと髪に触れた。その手つきが、苦しくなるくらい優しかった。

「”ありがとう” ”きみを” ”紹介できて” ”安心したよ”、” 報告が義務なものでね”」

気を使ったように手が離れていく。

「じゃあ……うちに入るね」

そう口にした途端、今日が終わるのがもったいない気持ちでいっぱいになった。

「”おやすみ” ”いい夢を”」

一度だけ彼に微笑んで頷き、ガレージの扉を開けた。
そして大切なことを思い出した。

「あ!そうだ私……」

キュル、と音がして、首を傾げたバンブルビーに振り向いた。

「初めて買った車と一緒に写真!撮ろうと思ってたんだよね!」

きょとんとした彼の顔がなんとも可愛らしくて、思わず笑顔がこぼれる。スマートフォンを掲げ、いい?撮っても、と続けると、表情の止まったままのバンブルビーがやっと理解したように、Sure!と言った。体の一部が組み変わろうとしている。車に変わっていくそれを見ていたが、ふと思い立って、あ!待って待って!と彼の変形を無理やりストップさせた。また動きが止まる。

「せっかくだからこのまま撮らない?ね!」
「……」

彼が押し黙った。

「あ、だめ、なのかな撮影、もしかして…あの、機密的な、」
「”いやいやいや!” ”全然!大丈夫!問題ない!”」

慌てたように元の姿に戻って、両手を振っている。
何かを考えるような表情で、彼が続ける。

「”こんな風に” ”写真を撮るのは初めてで”」
「そうなの?」

彼に近づき、カメラモードを切り替える。ガレージの心許ない照明の中でも、バンブルビーの瞳は鮮やかに発光している。じゃ、撮るね。そういったものの、

「んー、セルフィーだと無理があるかなー」

そう何気なく言った瞬間、ふわりと体が浮いて、腰のあたりに固い感触、突然持ち上げられて顔のあたりに引き寄せられた。

「!!!あ…ありがと、撮りやすい、あはは」

思わず上気する自分の頬が、わけがわからない。困惑する。近すぎる距離感にこくりと息をのむと、彼は夜の外のにおいと、新車の車内のようなにおいが微かにした。そしてふと気づいた。

「あ……のさ、これバンブルビーが撮ればよくない?私が撮ると、バンブルビー、片眼しか入んない!」

言ってからおかしくなって、バンブルビーがおっかなびっくりといった感じでスマートフォンを片手に受け取る。

「……」
「……」

笑顔を作ったがその顔も彼の大きな指ですべての画面が隠れ、そしてかつ、かつ、と彼の指とスマートフォンの画面がぶつかる、乾いた音だけがむなしくガレージ内に響いた。文明の最高峰みたいな生命体と、その役立たずな指の落差がだんだんおかしくなってきて、たまらず噴き出した。バンブルビーはスマートフォンを今にも床に叩きつけそうな勢いである。

「”なんて ポンコツだ!”」
「失礼な!一応新しい機種の方!あー笑った。もういいか、私メインで撮るね」

撮れた写真をのぞき込むと彼はおおげさに天を仰いだ。また爆笑してしまう。

「”オーイ” ”マジかよ” ”台無しだな”」

そして涙が出るほどひとしきり笑ったあと、あ、タイマーにすればよかったんじゃない?と問うと、もう一生撮らないからな!と半分笑ったような表情で彼は憤った。彼の片目だけとのツーショットになったその記念写真、現像したら、彼にもあげよう。きっとこの先5年は、この話題で、二人で笑えるはずだ。

「よろしくお願いします、これから」

改めて見つめあう、新しい友達。この優しいまなざしと、これからが、始まるんだ。

「”こちらこそ”」
2018/06/30