5.一歩を踏み出す勇気


「…ハァ、」

ずうぅぅん…。まさしく、そんな効果音を背負って布団を被っていた。

バイト帰りの妹が部屋まで覗きにやって来て、お姉ちゃんいつになったら出るの?と怪訝そうな顔をする。

…そんな目で私を見るな、妹よ。

「今日土方さんの誕生日なんでしょ?もう夕方だよ?昨日お祝いパーティーするってはしゃいでたじゃん。どーしたの急に」

妹の言う通り、今日は彼の誕生日。

屯所で盛大に祝うことになってるパーティーはもうすぐ始まる。

私が言い出したくせに、当日の準備にも参加せずにこうしてダラダラしているなんて最低だ。…恋人、失格だよね。

「…もうダメかも、私たち」
「ハァ?何それ?」

あんな帰り方して、十四郎さんに合わせる顔がないもの。それに私…十四郎さんに相応しくないから。

「もういい。フラれてもいいもん」
「…あっきれた!何があったか知んないけど、お姉ちゃんにとって十四郎さんってその程度?ストーカーのこと、愛のハンターとかほざく気持ち悪いお姉ちゃんはどこいったの?」
「やめて、それ地味に傷付くから」
「どんなに突き放されてたって向かっていってたじゃん。やめとけって何度言っても聞かなかったのお姉ちゃんだよね?言ってたじゃんお姉ちゃん。どんな十四郎さんも好きなんだって」
「!」

そうだ…そうだよ。私は何を言ってるんだろう。フラれてもいい、なんて…思ってもないのに馬鹿なこと。

思い出せ。雨の日も晴れの日も彼に好きだと言うために屯所に通い、ぶつかればぶつかるほど砕けていたあの毎日を。

何度拒まれたって諦めなかったじゃない。冷たく突き放されたって、気持ちは全く変わらなかったじゃない。…それくらい、十四郎さんのことが好きなんでしょ?

気持ちが通じ合ったからって調子に乗るんじゃない。私は、誰よりも彼のことが大好きだって胸を張って言い続けなきゃ。

それが、惚れた弱味ってやつでしょう?

「ごめん、変なこと言った」
「…分かったら、お風呂入ってくれば」
「…っうん!ありがとう!」

その言葉を残して部屋を出ていった妹の背中に向かって頭を下げれば、声でかいって、と振り返らずに返事が返ってくる。…ありがとう。もう一度小さくそう言えば、早く準備した方がいいよ、と。呆れ笑いをされるから。

「…あっ!近藤さん!?スイマセン!連絡遅くなって!ちょっと調子が悪くてですね…あ!今向かってます!」

急いでお風呂と着替えを済ませて家を出る。パーティーだから少し気合いを入れて髪の毛と化粧も施して。

走りながら近藤さんに電話で謝れば、慌てなくていいから気を付けておいでといつもの温かい声が聞こえて涙ぐむ。ああ、ダメ。泣いたらせっかくした化粧が取れちゃう。

「ごめんなさい近藤さん…私、」
「大丈夫。詳しい話はイマイチ分からないけどトシに聞いたから。あ、トシっていえば…アイタタタッ!痛いって総悟!それ俺のふくらはぎ…え?あ、ああ…そうだったのごめん。ってわけでナマエちゃん!今のナシ!何でもないから忘れて?ゴメンね!それじゃ待ってるから!じゃ!」
「え? 」

捲し立てるように言い切られた電話は気付いたら切れていた。おまけに溢れそうだった涙もいつの間にか引っ込んでいて。…なんだったんだろう、今の。

よく分からないけど、まぁいっか。屯所に着いたら近藤さんに聞いてみよう、と再び走り出そうとした時に。

「っわ!」

強く、腕を引かれてよろめいて。ポスン、と何かに収まった。と思ったら、お腹に回された覚えのある温もりに引っ込んだはずの涙がまた溢れだす。

「…十四郎、さん?」
「…あぁ」

鼻を掠めるこの匂い。苦くて優しい彼の匂い。

…ねぇ、息を切らせているのはどうして?夕方になるとこんなに涼しいのに、背中越しに伝わる体温は凄く熱い。

もしかして、私を探してくれてたの?あんな帰り方したのに、怒ってないの?

「…どうしてっ」
「…この道、よく通るだろ?」
「そうじゃ、なくて…だって、私っ!」
「すまねェ。俺が悪かった、全部」
「え、?」

ぐ、と掴まれた肩は優しく十四郎さんの方に向けられる。それから涙でぐしゃぐしゃな顔を隠すために覆っていた両手を外されて、そのまま胸に押し当てられて。

「…と、しろさん?」
「…ナマエが、嫌だったわけじゃねーんだ。只、なんつーかその…覚えてるか?昨日の白髪頭。アイツにだけは、お前との事とか見られたくなくてよ」

そっと背中に回そうと伸ばしかけた手はその言葉によりピタリと行き場を無くしてしまう。…やっぱり、そう言われると少し落ち込む。

はい、と小さく返事を返せば彼はあからさまに慌て出して。

「いや、勘違いすんな?そういうんじゃなくてだな。だから、その…アレだ。ナマエが、アイツに取られちまうんじゃねーかとだな、」
「…えっ?」

思いもしなかったその声に反射的に顔を上げようと身動ぎすれば。

「だーっ!見んな!今は見んな!」

ぎゅう、と私の頭をもっと強く抱き締めてもう一度、頼むから見ないでくれ…と。彼にしてはやけに小さな声でそう言うから、今、その体に無性に抱き付きたくなって。

「…十四郎さん、大好きっ!」
「うおっ!」

むぎゅ、と今度は私が。その広い背中に腕を回して強く強く抱き締める。すると上からくすぐったそうに呆れた声。

「…なんだ、急に」

同じように私の背中に回された彼の腕。まるであやすように優しく上下するその手に目を閉じて。

「十四郎さん。私、十四郎さんが大好きなんです」
「…あぁ」
「マヨネーズ依存症なところも、ニコチン中毒なところも」
「オイ、それは言わねェ約束…」
「だから、生まれてきてくれてありがとう」
「!」

貴方に、沢山の大好きと、ありがとうを込めて。

「誕生日、おめでとうございます!」

(今日はこの世に愛しい貴方が生まれた日)

end

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