3.平行線をたどる日々


毎日毎日、同じことの繰り返し。

朝起きて飯食って朝稽古して、昼からは誰かしらと見廻りに行く。

それから帰ってきて書類の整理して徹夜して…

果たして、俺に休みというものが存在するのかどうか。甚だ疑問である。

「いらっしゃいませ〜!こちらのレジにど…ってトシ、顔色悪っ!」
「…悪かったな」

偶然出来た休憩時間。近くのスーパーに切れていたマヨネーズを買いに行って、この一言。

目の前の店員は、つい最近どこぞの万年金欠ヤローと結婚し子供までもうけた幸せ絶頂の…所謂元カノというやつで。

「ハイハイ、また徹夜?身体壊さないようにね?生活習慣病を悪化させる危険性を兼ね揃えているコレステロールの神様三つでよろしかったですかお客様?」
「よろしかったでーす」
「ありがとうございま〜す。お会計、568円でございま〜す」

わざと挑発染みた言い方をして笑うナマエ。そんな彼女に笑い返して財布から小銭をちょうど取り出せば、ちょうど頂きますと両手を差し出す。

小銭を受け取ったその左手の薬指に光るもの。それを見て、笑みが浮かぶのはどうしてなのか。

未だに独り者な自分に呆れて、とかでは決してない。…俺ァ、ただ単に嬉しいだけだ。

昔好きだった女が今、幸せそうに笑ってやがる顔を見るのが。

「元気か?テメーらのガキは」
「誰がテメーらですか。私の、可愛い子供たちです。元気よ!今日も暇なパパと一緒に公園にでも行ってるんじゃないかな」

暇なパパ、を強調する彼女に随分な言い草だな、と言えばまぁまぁと笑う。ナマエの言う子供たち、とは。

「でも毎日大変そうよ。一気に二人の相手しなきゃなんないから、年には逆らえないって嘆いてた」

こいつらによく似た、双子の姉弟。

「いいんじゃねーか?それくらいしかやることねェだろ、アイツ」
「アハハ!それも言えてる!」

そう言って笑うナマエにだろ?と返してしばらくレジの前で立ち話。このスーパーは年中暇らしく、たまに、本当にたまに来たときはこうして彼女と世間話ならぬヤローの悪口を言い合ったりする。

…別れても、決してもう結ばれなくとも。こうやって話せるだけでいい。ナマエが笑っていれば、幸せなら。それでいい。

それが、惚れたもんの弱味って?

…んな大層なもんじゃねェよ。

10分以上話し込んだだろうか…そろそろ書類整理を再開させねーと今夜も徹夜だ。大変そうね、と眉を下げる彼女にまた来ると手を上げてレジを抜ければ背中に掛かった俺を呼ぶ声に。

「なん、」

だ?と言いかけて、やめた。何故か?彼女が泣きそうな顔で笑っていたから。

…だが、もう俺に彼女を受け止めることは出来ない。それをするのは、俺じゃない。あのヤローの仕事だ。まるでその顔に気付いていないふりをして、どうした?と声を掛ければナマエは泣きそうな顔から一転、今日一番の笑顔を見せて。

「トシ、いつもありがとう!またのお越しをお待ちしてます!それからこれは!坂田一家より愛を込めて!少し早いけど、誕生日おめでとう!」
「なん…ってそれ投げんのかい!」

そーれ、と投げて寄越されたのは四角い箱。それを何とか受け取って首を傾げれば帰ってから開けてみて、とナマエが悪戯に笑う。

そんな顔を見たら何も言えなくて。俺は呆れたように笑うしかない。分かったよ、とそれを抱えて見せれば彼女は嬉しそうに手を振って。ウチの双子にまた会いに来て、とそう言うから。

「ヤローがいねェ時を見計らって行くわ」

そう言って背中を向けて手を上げて。きっと笑って手を振っているだろうナマエに見えないように微笑んだ。

屯所に帰って箱を開ければそこに入っていたものは。

金粉入りマヨネーズが一つと、双子からの手紙と似顔絵のプレゼントだった。…きっと画用紙がくしゃくしゃになってたのは、あのヤローの仕業だと確信して。

end

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