2.好きかも、しれない


最近、気になる女がいる。

笑うとガラッと印象が変わる女。

普段はまるで親鳥の後をついて回るヒヨコのように常に俺の後ろをついてきて、十四郎さん十四郎さんと名前を呼ぶ。

…アイツ以来だと、思った。俺の事をそう呼ぶ奴は。それが原因かどうか分からねーが、少しだけ似てるとも思った。

顔や性格じゃねェ、なんとなく…雰囲気が。

そう、最初はそう思ってたんだ。だから気になるんだとも思ってた。なのに…いつからだ?

気になる、なんて言葉じゃ足りなくなる位にナマエしか見えなくなっていたのは。

「十四郎さん!こんにちは!」
「あぁ」

女が、ましてや一般人が、毎日のように屯所に顔を出すなんて普通なら有り得ないこと。だがそれを彼女は平然としてのける。そして周りもそれを当たり前のように受け入れてる。

…例に漏れずこの俺も、だ。

「総ちゃんいますか?」

そう言って笑うナマエを見て、イライラするのは何故か。

そっけなく、食堂にでもいるんじゃねーか?と返せばありがとうと溢れんばかりの笑顔が返ってくる。

「…分からねェ」

また来ます!そう言って去っていったナマエの背中を、見えなくなるまで見送る俺も。俺を好きだと言うナマエの気持ちも。

…分からねェ、ままでいれたら楽だったと。

今はそう思うほどまでに。

「あれ、トシ〜!どうしたの?こんなところに突っ立って」
「いや、別に」

今しがたナマエが曲がっていった角から現れた近藤さん。鼻歌なんて歌いながらガニ股で近付いてきて、そうそう!さっきナマエちゃんに会ったよ!と嬉しそうに報告してくるから。

「…俺が先に会ったっつーの」
「え?何?」
「悪ィ、近藤さん。まだ書類が残ってんだ、部屋に籠るわ」
「あ、うん分かった」

ポカン、と俺を見る近藤さんから目を逸らす。…何、やってんだ俺は。完璧八つ当たりじゃねーか。

自室に入って項垂れて。ハァ、と深い溜め息を一つ。それから部屋の隅に保管していた山積みの書類を片しにかかる。…本来なら、手を付けずとも良い書類だ。期日まであと一月以上もある。

だが、今は何かしていないと落ち着かない。

…どれくらい時間が経ったのか。山積みだった書類を半分以上片付けて、凝った肩に一息ついた頃。スーっと静かに開いた襖に顔を上げれば。

「…何してんだ、オイ?」
「…観察してます」

そこには、満面の笑みを称えたナマエが顔だけ覗かせていて。…観察って何だ。観察って。いつもならズカズカと無遠慮に部屋ん中入って来るくせに。

「なんだ、何か用か?」
「はい!十四郎さんに言いたいことがあって!」
「言いたいこと?」

…まさか、また付き合うだ、なんだじゃないだろうな。変わらず笑顔のナマエを訝しげに見ていたら。

「1日お世話になりました!今日も十四郎さんに会えて嬉しかったです!じゃ、また明日!さようなら!」

すっと頭を下げて、それから上げて。また笑顔を残して去っていく。…なんだ、あれ。なんだあれ…!

「アッチ!うわ、穴開いた!っああ!大事な書類が!あーっクソ!」

ドタバタ、と。まるで一人芝居だ。らしくねェ。…俺は、思っている以上に取り乱しているらしい。煙草の灰を足に落としたり、そのせいで燃えたズボンに慌てて立ち上がれば、その衝撃で書類は散らばるし。

ハァ、ついてねェ。一体、今日1日で何回溜め息を吐いたのやら。開いていた襖から廊下にまで進出した書類を黙ってかき集めていたら、感じた視線。

「…土方さん、何やってるんですかィ?そんなとこに這いつくばっちゃって」

見上げれば、そこには俺を見下ろす総悟が立っていて。

…今一番関わりたくない奴が来やがった。

書類を集める手を休めないまま、別に?と目を逸らせば、ふーん?と気のない返事が返ってくる。

…暇なら手伝えってんだ、ちくしょうめ。

手伝う気なんてサラサラないらしい目の前の男に若干イラッとしながらも、散らばった書類を全て集め終え部屋に戻ろうとしたら掛けられた声。

「ナマエが言ってやしたよ」

1日の始まりと終わりに、土方さんに会わないと気が済まない、って。

良かったですね?と無表情でその場を後にした総悟をしばらく呆然と見送った後、バシンッ!と勢い良く襖を閉めた。

…これは、まずい。

(なんでこんなに顔が熱いんだよ、クソッ!)

end

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