好きな子苛めなんて聞こえはいいが


「…げ、また来た」
「客に対してなんでィ、その口の聞き方は」

大江戸ファミリーマート。そう、所謂コンビニで週に6日働いている私はここ最近毎日のようにやって来るドSバカに非常に迷惑していた。

…ドSバカこと、沖田総悟。武装警察真選組なんて堅苦しい職業に就いてるとは到底思えない程の自由ぶり。そう、憎き奴との出会いを語れば終わりが見えなくなるのでそこは敢えて割愛させて頂く。

先程の会話を思い出してもらえばお分かりだと思うが、奴は入店すると必ずレジ前を通って店内をぐるぐる回り出す。その際の会話が大抵あんな感じ。

…え?それこそあいつの言う通り、客にあんな態度取ってもいいのかって?

ノンノン。言っとくけど奴は客じゃない。あいつは誰がどう見たって…

「ちょっとォ、そこの暇そうな店員さーん。これ、このアイスキャンディ。いくらですかァ?値段表記されてないんですけどォ」

立派なモンスタークレーマー。

「…スイマセ〜ンお客様。見間違いなら大変申し訳ないんですけどォ、その手の中にあるのアイスキャンディの値札シールですよね?」
「あぁ、なんだこんなとこにあったのかィ。すいまっせーん」
「いーいーえー?」

何が、こんなとこにあったのかィ。よ!毎回毎回わざとらしいんじゃボケ!

ニヤニヤ、どす黒い笑みを浮かべながら向こうに歩いて行った奴に棒読みの返事と冷めた目で返して。店内を再び物色しだしたその後ろ姿をじっと見張っていると、次の瞬間パチッとかち合ったその視線。

…なんだ?首を傾げて見ていたら、何を思ったのかまたまたレジ前までやって来て。

「これ、買おうと思ってたんですけどねィ…何か、ドロドロに溶けてて気持ち悪ィんで返品しまさァ。あ、ちょうどいいや。お前バイトで疲れてるだろ?ホレ、やるわ」
「あ、どうも…っているかァァア!!」

奴の手から私の手へ渡ったアイスキャンディ。汗をかきまくり疲れきったようにぐにゃりと曲がったそれをしばらく見つめた後、じゃ、と手を上げてレジ前を通過していったドSバカに思いきりぶち当てる。

ていうか溶けたのテメーのせいィィイ!!んなずっと持って歩いてたら溶けるから!アイスだからそれ!冷房付いてるったって限度があんだよ!温度設定マイナスじゃねーんだよ!

ボト、不吉な音を立てて落ちたアイスキャンディ。

「ってェな…何すんでィ」

頭が凹んだらどーしてくれんだ雌豚星人、と出口付近で振り返った奴に、だーれが雌豚星人じゃ!と怒りにまかせて声を張り上げる。

誰もテメーの頭が凹もうが吹き飛ぼうが興味ねんだよ!さっさとアイスキャンディ代払えよ税金泥棒が!

すると、うるせー声、と耳を塞ぎながら言うもんだから、いよいよ腹が立ってきて。

「誰のせいだ誰の!…ったく、アンタ程のモンクレ稀に見ないよ本当。いいからさっさとアイスキャンディ代払ってくれる?じゃなけりゃ訴えっからね、マジで!」

ハイ!300円!そう言って差し出した私の手と顔を何度か交互に見た後、奴は訳が分からないといった顔でそういや…と話を逸らしだす。

「モンクレって何ですかィ?モンペアならどっかで聞いたことあるような気がするようなしないような…あー、もしかするとアレ?どっかの狂暴な雌豚星の言葉だったりする?」
「だからその雌豚星って何!?そんな星の存在自体知らないんだけど!?モンペア知ってんなら察しろ!そのまんまだよ!モンスターなクレーマーのことだよバァカ!」

分かんねーならGo●gleで調べてこい!捲し立てるように言い切った私に、めんどくせェやと返して奴は欠伸を噛み殺す。

む、ムカつく…!相変わらずあいつムカつく!

熱くなる私とは対照的なその飄々とした態度に今にも爆発してしまいそう。

たまに奴と一緒に来る上司らしい瞳孔マヨネーズ男(確か土方とかって呼んでたっけ)の気持ちが分かる気がする。いつも額に青筋浮かべながらドSバカに怒鳴り散らして、マヨネーズと煙草買っていくあの人の気持ち…私なら共感出来ると思うの。

プヒョー、下手くそすぎる口笛を吹き出した男をこれでもかと睨み付けていればそんな私をきょとん、とした顔で見て。それから。

「…んな凄ェ顔で睨む程のことか?」

なんて言いやがるもんだから!

「だから誰のせいだっつーの!アンタが来なけりゃ私だって輝くスマイル振り撒いてんだよ!天使の微笑みと称されるナマエスマイル繰り出しとんじゃ!大事なことなので2回言いますテメーが来なけりゃな!」

そのまま怒りにまかせて中指突き立ててやった。…と、そこでふと我に帰って。ヤッベ!やり過ぎた。奴のことだ、きっと今の倍の仕返しをしてくるに違いない。

さっと頭を守るように身構えて。か、かかってこい…とめちゃくちゃ小声で煽ってみる。いや、どんだけヘタレなの私。聞こえないってコレ。絶対聞こえてないってこの煽り。

「…?」

だけどいつまで経っても思っていた反応が返ってこない。…いや、さすがにさっきのアレは聞こえたよね?そこまで私声小さくないよね?むしろ普段はうるさいとまで言われる大きな声だよね?

…ア、アレェ?おかしいなァ?と突っ立ったまま微動だにしない奴に視線を投げ掛けると。

「…悪かった。そんなつもりは微塵もなかったんでィ」
「…え?」
「ハハ…まさかそんなに毛嫌いされてるとは思ってもなかったもんで、」

もう二度と来ねェ…本当に、悪かった。

まるで泣きそうな顔をしながらそう言って、店の自動ドアをくぐって行った奴の背中を呆然と見つめてから。

「…っちょ、待っ!」

床に落ちたままの完全に溶けたアイスキャンディを拾い上げて、走る。

「っま、待って!待ちなさいよっ!ドSバカ!鬼畜!税金泥棒!っ上司イビり野郎っ!」

けれど何回呼んだって奴は振り返らない。それどころかどんどん開いていってしまうその距離に慌てて大声を張り上げて。

「待てってば!お、おき…沖田っ!沖田ってば!テメー聞こえないフリかコノヤロー!…〜っもう!待ってよ総悟!」

普段は絶対呼ばないその名前。死んでも呼んでたまるか!なんて思ってるのに…ズルい。こういうときに呼ばせるなんて、ズルすぎる。

…だけど呼んでしまう私も私。

「!…ナマエ、お前」

くるり、振り向いたドSバカ。まるで信じられないものでも見るように目を見開いて、私に視線を注ぐ奴に向かって両手を広げて。

「アイスキャンディ代払ってけェェエ!」

この際手がベタベタになるのは気にしない。封を切って奴の顔目掛けて大発汗のアイスキャンディをスパーキング!ベッショォォオ!とても良い効果音がした。

「ッギャァァア!目にソーダ入った!染みる!ソーダ染みるゥウ!」
「ブワハハハ!ハイ食べたァ!占めて300円になりまーす!」
「んのアマァ!覚えてやがれ、次はもっと酷い目に合わせてやらァ!その汚ねー尻洗って待ってろ雌豚野郎!」
「ハッ!泣きながら言われても?全然、全く!説得力皆無なんですけど〜!」
「言っとけクソアマ。今度は俺の下で啼かせてやらァ」
「ヘェ?やれるもんならやってみれば?」
「…随分余裕ぶっこいてるけどな、テメーなんざ●●して××すりゃ一発で俺の●便器に、」
「ギャァァア!お巡りさん!ここに痴漢がいまァす!言葉のセクシャルハラスメントしてきます!今すぐ逮捕してェ!」

そう言えば、残念でした〜俺がお巡りさんです、とニヤニヤ笑う。…どっかのイチゴ牛乳まとめ買い白髪(確か名前は坂田さん)が言ってたっけ。

こんな奴らが警察なんて職業に就いてる時点でこの世も末だって。



「…よォ、店長。今日もえらく賑やかだか…アイツらまたやってんのか」
「いらっしゃい、土方の旦那。ええ…おかげで最近客がめっきり近寄らなくなっちまってさァ、来てくれんのはアンタと坂田の旦那くらいです」
「…総悟がいつもすまねェな、マヨボロ3つくれ」
「ありがとうございます。いいんですよ、気にしねーで下せェ旦那。…後でナマエの奴こってり絞りやすんで」

ゾワッ!急に体中を襲った鳥肌と寒気。キョロキョロ辺りを見回して首を傾げていたら、ほらよ、と目の前の男から手渡されたもの。

「そこに落ちてたホカホカの犬の糞」
「って、●便器ってそーゆーことォォオ!?」

つーか手に乗せるなよォォオ!!

まだまだ、私と奴の戦いは続いていくようです。

(名前を呼ばせたいが為の意地悪)

end

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