高杉side


夢を見た。懐かしい場所に立っている夢。懐かしい場所、捨てた筈の居場所にいる夢だった。

…馬鹿馬鹿しい。

そう吐き捨ててみるものの、やはり鮮明に残るあの映像の向こう側は確かに俺がいた世界だった。笑っていた。嬉しそうに。俺を見て、手を伸ばして、あの"女"は確かに俺を見て笑っていた。

―――ナマエ、

久しぶりに呼んだ筈のその名前に振り返るなり、奴は一度も見たことがねえような緩んだ顔をする。

―――晋助!

…何故だ。記憶の中のあいつは、いつも顰めっ面で、俺の前では不機嫌で。会話もしない、顔すらまともに見ないような…そんな女だったのに。



「っヤベェ!ナマエが屋根から落ちた!」
「なんだと!?」

そんな声と共に目が覚めて、ああ夢かと横たえていた身体をむくりと起こす。夢の中でも寝てるなんざ、相当疲れてんのか俺ァなんて思いながら一瞬襲った眩暈のような脳の揺れに眉を寄せる。

まぁここ最近、なんだかんだと忙しかったのもあってあまり眠れていなかったのも確かだった。

ぐるり、自分の周りを見渡してある事に気が付いた。ヒュッと喉から小さな音が漏れる。

…まさか、いや、そんな。

だが何度目を凝らして見てみても、見覚えのありすぎるこの光景に、まぁ…あり得ねェことはねーかと口から溜め息が溢れた。

そう、ここはあの頃の俺たちのアジト。何も考えず、ただがむしゃらに戦いに明け暮れた。アイツらと、ナマエと過ごした…唯一の場所。

夢だったら、奴らも出てきやがるのか?とそう思うと何だか腹立たしいものもある。見たくもねェツラを何故夢の中でまで見なくてはいけないのか。そうだ、なに勝手に俺の夢に出て来ようとしてんだ糞どもめ。

だが、そんな上手くいくわけがないってのも分かってる。夢だからこそ、その内容は曖昧だ。もう少ししたら、また違うものに変わるんだろうなんて思いながらただその空間に居座った。が、いくら待てども場面が切り替わることはない。…なんだ?動かねェとダメなのか?

いい加減このままでいることにも飽きてきたし、中途半端に御座をかいていた足を伸ばして立ち上がる。さァて、どこに行くかな…つーか何か腹減ったな。夢ん中でも腹って減るもんなのか?なんて考えていれば目の前の襖がガラッ!と勢いよく開いて。

「うおっ!?んだよ高杉!目の前に立ってんじゃねーよビビるだろーが!」
「…銀時か」
「ハァ!?銀時か、じゃねーよ!いつまで寝てんだよバカヤロー!こっちはそのせいでテメェの掃除当番変わらされたんだけどォ!?責任取れよコノヤロォォ!」

今とちっとも変わらない、くるくるパーが現れる。おまけに耳障りな間延びしたデッケェ声も変わらず健在らしい。つっても声のデカさは坂本には負ける。あれはうるさいなんてモンじゃない。

…あァ、にしてもうるせェ。耳が痛くなってきた。

「うるせェェ!?今うるせェって言った!?」
「なんだ、聞こえてんのか」
「目の前で言われりゃ嫌でも聞こえるわッ!」

キィィィ!!相変わらず朝からムカつくゥゥゥ!!と地団駄を踏む銀時を俺はどうやら気付かない内に蔑んだ目で見ていたらしい。なにその蔑んだ目ッ!?と言われた。本人に言われるまで気付かなかった。

「おい銀時!言い合ってる暇はないぞ!早く寝かせてやらないと…」
「あ?ああそうだった!」

あ?なんだ、ヅラもいたのか。何をそんなに焦ってるんだと慌てる二人を見ていたら、ほらどけどけ!と銀時に蹴りを入れられ転かされる。…テメェ銀時。ギッと奴等を睨み上げようと顔を上げたらすぐ隣に寝かされた、誰かに。言い掛けたはずの言葉を、飲み込んだ。

「何故か屋根から落っこちて来てな。幸い頭は打ってないようだが…にしても、ナマエは高い所が苦手だったように思うんだが」

不思議そうな顔をして「一体何をしていたのだろうな?何か知らないか高杉?」と困ったように肩を竦めたヅラが俺を見やる。けれどそれに答えることも、反応を返すことも出来ずに、銀時の「どーせ食いもんか何かが屋根に引っ掛かってたんだろォ?」なんてどこかで聞いた事のあるふざけたセリフが耳に入っても、俺は一言も発せずにいた。

…待てよ、どういうことだ。これ、どこかで。

「ま、しばらくしたら目も覚めんだろ。運良くどこも怪我してねーし大丈夫なんじゃね?つーか腹減ったわ、ヅラなんか作って」
「そうだな…よし、ナマエの分も何か用意しておくとするか」

そうだ…覚えている。屋根から落ちたナマエ。それはあの時も過保護な連中の間で大問題になっていた筈だ。ただ、それは俺が野暮用でアジトにいなかった時に起こった事で、帰った時にはやけにピンピンしていた筈で。

…なのに、何故だ。いなかった筈の俺が何故ここにいる?訳も分からず、混乱しそうな頭を抱えて目の前の女に視線を移す。その寝顔も姿も、あの頃と何ら変わっちゃいない。そりゃそうだ。目の前にいんのは、俺の知ってる"あの頃の"ナマエだ。

まるで安らかに、ただ眠っているかのようなその表情に妙な安堵を覚える。…そうか、随分と、久しぶりに見るからな。

「…ナマエ」

名前を呼べば一瞬にして、あの頃の気持ちが甦る。形容しがたいこの感情を言葉で表すとしたら…そうだな、俺はこの女のことが、好きだったんだろう。


小さい頃から憎まれ口を叩き合い、口を開けばお互いの罵詈雑言が飛び交って。けれど銀時とはまた違った風な、俺達の関係を表す言葉があるとすればそれは、所謂犬猿の仲というやつであった。

女のくせに俺よりでけェ。勉学も剣術もそれなりの成績を修めるナマエを実のところ快く思っていなかったことは確かだった。けれどたまにやらかす、周りの首を捻らせるような摩訶不思議なナマエの行動が嫌いだったわけではない。それを理由にいつも馬鹿にして笑っていたからである。けれども奴は、それを嫌味として取らなかったのか。毎回、驚いたように俺を見るものの、それから必ず満面の笑みを返してくる。

別に笑いかけたわけでもねーのに心底嬉しそうに俺を見るその顔を見続けていたら、アッサリ毒気が抜けちまったようだった。

「ハァ?なんだよ高杉その目は!?え?まさかお前、これ?これなの!?」
「…あァ?」

これってなんだ、訳分かんねーな相変わらず。ぐいっと俺の顔を覗き込み、そうほざく銀時に呆れたように溜め息を吐けば今度はヅラが同調したように口を開く。

「うむ…まるで恋する乙女だな。いや乙女じゃないけど」
「はァ!?なに言ってやがる馬鹿か!?」
「馬鹿じゃない!桂だ!」

なんて気持ち悪ィこと言い出すんだこいつ。恋する乙女だと?例えが可笑しいにも程がある。が…こいつらの勘があながち間違いではないところが妙に腹が立つのは何でだ。

「…うるせェよ」

今でも、何一つ変わっちゃいねェ。コイツのことが大切だってことは。ただ、それは生涯誰にも知られることなく葬ると決めた気持ちでもある。ここでわざわざこいつらに教える義理もないわけだが。

唖然とそんな俺を見つめる二人に「何見てやがる殺すぞ」と睨みを利かせれば奴らはやれやれ、とお手上げとばかりに両手を挙げる。その行為に無性に腹が立つのは多分こいつらが俺を馬鹿にしてるからに違いねェ。

…昔から変なとこで勘が鋭い奴らのことだ。これ多分気付かれてんな。そう思うのが早いか、ニタニタ気持ちの悪い笑みを浮かべた奴らが部屋を走り出るのが早いか。

「おい待て逃げんなテメーら、なんで笑ってる」
「うわ、マジかあいつ追っ掛けて来たぞヅラァ!」
「うるさい分かっているとにかく全力で逃げろ銀時ィ!捕まったら終わりだぞォ!」
「馬鹿にしてんだろ?俺のこと馬鹿にしてんだろ?」
「しまった気付かれたぞヅラァ!どうする!?」
「とりあえず逃げろォ!」
「殺す!!!!」

ああ、そうだ。あの頃俺たちはこんな関係だった。ガキみてェに言い争って、ケンカとなりゃすぐに殴り合って。そうしてお互い顔も体もボロクソになって、最後にはケンカの原因も何もかもが馬鹿らしくなって笑う。

そうだ、あの頃はそれで済んでいたんだ。それだけで何もかも許せた。なのに今は…今はもう、こうやって奴らの背中を追うことすらあり得ねェ。




人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -