…もう随分と前のこと。あれは、付き合いだしてすぐの頃。

「…よォ。なんだァ?女連れか?偉くなったもんだなオイ」

手を繋いで、甘味屋巡りのデート中。楽しんでいた私たちの前に現れた目付きの悪い男。一瞬目が合ったかと思いきや次の瞬間、私と彼を交互に見るなりそう吐き捨てる。ガラ悪っ!…ていうか、え?誰?

「…怖いねェ。警察が一般人のプライベート覗き見たァ、」
「警察?え、知り合い?」
「おー、コイツ多串くん。昔でっけェ金魚買ってたんだぜ」
「へぇ、金魚…あ、友達かぁ。どうも初めまして。ミョウジナマエです。いつもお世話になってます」
「あァ、どうもご丁寧に。こちらこそいつも…って違うわァ!友達じゃねーし!そもそも多串じゃねーって何回言や分かんだテメーは!土方だ!ひ じ か た!」

炸裂する一人ボケツッコミ。に、若干引いた私。だって目がマジだったもの。マジと書いて本気で自分自信にツッコむ人初めて見たもの。

そう、これが初対面。開ききった瞳孔に、くわえ煙草。おまけに警察。ガラの悪い、というのも付け足しておこう。なんか知らないけど、どうやら二人は犬猿の仲らしい。自然と私も敵対する警察の彼とは疎遠になっていた。

だけど、ある日のこと。何故だか急激に仲良くなる。きっかけは私の仕事先に彼が買い物に来たことだった。

「いらっしゃいま…あ、」
「…あ、」

大江戸スーパー。の、事務処理。それが私の仕事先。だけどたまーに息抜きと銘打ってレジに出る。ずっとパソコンと向き合うのはどうやら性に合わないらしい。肩も凝るし。そんなわけでレジを打っていた私の前に現れたのが買い物カゴから溢れそうな位山盛りのマヨネーズを抱えた彼だったのである。

「…以上で5600円になります」
「じゃ1万円からで」
「4400円のお返しです」

機械的な会話と動き。無言でお釣りを受け取った彼にゆっくり頭を下げて、上げる。するとそこにはまだ彼がいて。

「…どうかされましたか?」
「いや、あー…その、この間は悪かった」

そう言って照れ臭そうに頭を掻くから何も言えなくなる。…なんだ、思ったより悪い人じゃないんだ。目付きと口が悪いだけで、性格は良いのかもしれない。なんてったってこうして面識のない人間にもきちんと謝れる人だから。

「私こそごめんなさい。貴方のことよく知りもしないで勝手に銀ちゃんの味方してた」
「いや、そりゃ恋人の味方すんのは当然だろ」
「…これから仲良くして下さい、土方さん」
「!あぁ、こちらこそ」

まともに会話をしたのはその日が初めてだった。それから日を開けては大量のマヨネーズを買いに来る彼をいつしかトシと呼ぶようになって。気付けば飲みに行く仲にまで発展して。

「…あの、よ」
「ん?どしたの?」

この日も前回から大して日を開けずに開催された飲み会。二人とも良い感じに酔っ払ってきて、本音トークなんか始めたりして。そんな時だった。トシが少し言いづらそうに口を開いたのは。

「このこと、つーか…二人で会ってんのは知ってんのか?アイツ」

随分仲が悪そうに見えたけど、そういうこと気にするんだな。それが最初の感想。

「うん、知ってるよ。いつも言って出てくるから」
「大丈夫なのか?喧嘩、とかよ」
「アハハ!トシって本当に気にし〜だよね。大丈夫よ。なんと言われようと友達に会うのにケチ付けられる覚えはないから。何とでも言い返すよ」

そりゃ実際良い顔はされないけど。今日もしっぶーい顔して、行くな行くなって煩かったけどね。でもそれなら、アンタもキャバクラ行くのやめるか?って言ったら黙ったからいいの。お互い様でしょう。

「そうか…なら、いいけど」
「私はトシに会えるの結構楽しみにしてんだから!楽しみを取られたくはないでしょ?」
「…っそうだな、」

思えばこの時からかもしれない。私を見るトシの目が明らかに色恋のそれを孕んでいることに。薄々気が付いていたのに、それでも私はあくまで友達というラインを引いていた。勿論私には恋人もいて、その彼を凄く好きだったから。

…でも、もういないの。私の側には。大好きだった彼も、あの幸せな時間も。自分で壊した。自分から捨てた。

だったらいっそ、何か拾ってもいいだろうか?小さなその何かを拾い上げて、自分の幸せに繋げようとしてもいいんだろうか?だけどそれって、ズルいのかな。

「…ねぇ、トシ」
「どうした?」

銀ちゃんと別れてから一ヶ月が経った。その間、毎日のように付き合ってくれて話を聞いてくれたのはトシだった。いつも、辛そうな顔を抑えて笑うトシだったから。

「私、いい加減新しい恋をしようかなと思ってる。やっぱりさ、前向いて歩かないとね。良い年だしさァ、私も」
「!そう、か…」

目に見えて落ち込む彼を見て苦笑する。

…相変わらず分かりやすいんだよなあ、トシは。

カラン、グラスの中の氷が音を立てて沈んだのを見計らって私はわざとらしく咳払いをした。

「あー、その…さ。なんていうか」
「あァ…」
「あ、トシって今彼女いないよね?」
「あァ…もう随分といねェな」

なんか空気が重たっ!喋りにくっ!どこか遠くを見てそう言ったトシにハハハ、と気のない笑い声を漏らしてから覚悟を決めた。アレだ。女は覚悟っていうじゃない?え?違ったっけ?

「…あのさ、もし、トシが良ければだけどさ」
「あァ…」
「私と、付き合ってみない?」

意を決して、言った!そろり、様子を窺えば彼はあァ…と先程から繰り返している同じ返事をした後、パチクリ開ききった瞳孔をこれでもかとかっ開いて私を見た。あ、二度見した。

「…それ、マジで言ってんのか?」

どこか期待と不安に揺れた目。伸びてきた手は私の両肩をこれでもかと掴む。…ああ、なんだ。トシってこんなに可愛い人だったんだ。知らなかった。いや、知ろうとしていなかったんだろう。今までは。

「うん、マジです」

笑って言えば彼は一瞬ぐっと何かを堪えたかと思いきや肩にあった両手で私の体を包みこんだ。思っていたよりも大きな胸板が私の頬を擽る。なんだか凄く愛おしくなってその背中に両手を回せばぐっと彼の体に力が篭るのが分かった。

「…ずっと、言えなかったけど」
「うん、」
「好きだった、お前が」
「…うん、」
「俺と…付き合ってくれるか?」
「お願い、します」

ぎゅう、と抱き締めあったお互いの体が。妙に熱かったのはきっと酒のせいだけじゃないんだろう。

きっとこういうとこから始まる愛も、あるよね?

end




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